<ヤクルト寮めし(2)>

 埼玉・戸田市の東京ヤクルトスワローズ戸田寮で、食堂係責任者の三沢岳明さん(42)は9年、管理栄養士の天方一匡さん(35)は15年、歴代の選手を見守ってきました。食事を通じて、若手選手に何を伝え、どのようにサポートしてきたのか、話を聞きました。

この日の料理担当の三沢さん(左)と金子昭仁さん
この日の料理担当の三沢さん(左)と金子昭仁さん

 寮生活をする選手は若手とはいっても、小さな頃からスター選手でプライドも高い。「ここに来る選手はプロですから。私生活から競争です。すべては本人次第です」と三沢さんをはじめ、食堂係は適度な距離感をもって声がけし、選手の自主性を重んじている。

 例えば、料理を乗せたトレーを見て「量が少ないんじゃないの?」「緑のものが足りないよ」などと声がけするが、強要はしない。

 その代わり、食堂には「気付きのポイント」がちりばめられている。「先発投手は登板日にどの栄養素を摂取したらいいか」などと、ポジション別に書かれた食事表が掲げられている。また、食材の特徴や栄養素が読み物となったシートがクリアファイルにまとめられ、選手がいつでも手にできるようになっている。

ポジション別に書かれた食事表とクリアファイルにまとめられた健康メモ
ポジション別に書かれた食事表とクリアファイルにまとめられた健康メモ

 食育基本法が制定されて10年以上たつが、入寮時からバランス良い食事ができる選手は、ほとんどいないという。朝ごはんをしっかり食べる、野菜を食べるといった基本的な食習慣さえ身についていない選手もいるようだ。

 天方さんは「箸の持ち方や、魚、特にサンマの食べ方がきれいか、汚いかで、これまでどういう食生活を送ってきたかが分かります。家庭でできることは、教えてあげて欲しい」と語気を強める。最近は、スポーツ栄養の情報も増えてきたが、だれかのマネや断片的な知識を鵜呑みにしては、誤った方向へ行きかねない。

ボリューム満点の鶏つくね鍋
ボリューム満点の鶏つくね鍋

 ある選手は、「運動後30分以内のゴールデンタイムに栄養補給」を真面目に実践するあまり、夕食前でもサプリメントを摂取し、結果的に食事が食べられなくなっていたという。まさに本末転倒。そんな選手がいれば、天方さんは「基本はバランス良い食事」と教え、諭す。

 「しっかりとした食生活をしていれば、栄養補助食品はいらないと思います。プロ野球選手でもサプリメントをとっていない人もいます。特に成長期の中高生は必要ありません」(天方さん)。

目からも食欲が湧く牛肉焼き浸し
目からも食欲が湧く牛肉焼き浸し

 とはいえ、そのような食事を摂っていれば、必ず野球がうまくなるかといえば、そうでないのが悩ましいところ。技術系スポーツの野球では、いかに偏食だったとしても、才能があれば、トップクラスに上り詰めることができる。

とっても肉厚なマグロほほ肉ステーキ
とっても肉厚なマグロほほ肉ステーキ

 「でも、走るタイムが上がるとか、瞬発力や持久力は必ずアップします。食生活を整えるということは、ケガをしない、コンディション調整といったスポーツ選手として当たり前のことになっています」(三沢さん)。

 選手の可能性を最大限に広げ、好きな野球を1日でも長く続けて欲しい。そのための第一歩は、戦える体を作ること。だから今日も、三沢さんたち食堂係は、選手のための食事を作り続ける。