<川内優輝の母美加さんに聞く(上)>
陸上の世界選手権(ロンドン、8月4日開幕)男子マラソン代表に、川内優輝(30=埼玉県庁)が出場する。今大会限りで代表を退く意向を示す「公務員ランナー」川内の食事について、母美加さん(53)にインタビュー、3回に分けてお届けする。第1回は、川内の“勝負めし”として知られる「前夜のカレー」の始まりについて聞いた。
中辛の市販ルウ、大盛り2、3杯
川内がレース前夜にカレーを食べるようになったのは、高校生のとき。埼玉・春日部東のチームメイトの影響だった。
「強い子がいてね、その子の真似です」。
その頃の春日部東は、公立校ながら関東大会に出場する強豪校。有力選手が集まる中、ひざやすねの故障に悩まされていた川内は、3年間通してほとんど満足な走りができず、レギュラー選手のサポートに回ることが多かった。
同級生の高橋和也さんの“世話役”も務めた。高橋さんはその後、早大に進学し、1年生で2006年箱根駅伝の6区を走った逸材。当時、自分より結果を残していた仲間の食情報を聞き、川内は自らの「勝負めし」に取り込んだ。
カレーであれば、細かいこだわりはない。具はジャガイモ、ニンジン、タマネギや肉が入ったノーマルなもの。市販のルウを使い、味は中辛。それを大盛りで2、3杯食べて翌日に備えた。それまで川内家で出されるカレーライスの頻度は多くなかったが、川内のレースに合わせて、夕食の定番に組み込まれた。
当日朝はサケの塩焼き
また同時期、当日の朝ご飯の献立もリクエストされた。
「ご飯2膳に豆腐とネギのみそ汁、納豆、サケの塩焼きで、カステラ1/2本、バナナ1本」。
川内は必ずレース4時間前に起床し、これらをしっかり平らげてから家を出た。美加さんは「少しでもいいものをと、カステラはザラメのついているものを選んだ」と長崎の有名店のカステラを調達するなど、息子の健闘を祈りながら、朝ご飯を作っていた。
海外にはレトルト持ち込みも
ここ数年は遠隔地でのレースが多いため、川内が当日朝に食べるメニューは変わったが、前夜のカレーは続いている。開催地の人気店を調べて行ったり、海外にはレトルト食品を持ち込んだりすることもある。世界陸上の本番コースの試走のため、年末年始はロンドンで過ごしており「もちろん、おいしいカレー店を見つけているはず」と美加さんは断言する。
川内は、3度目となる今回の世界選手権を最後に一線から退く意向を表明している。これまで酷暑の中でのレースで苦しんでおり、年齢的にも3年後の東京五輪は、今のところ考えていない。比較的暑さが厳しくないロンドンでのメダル獲得に意欲を燃やす。
男子マラソンは6日、日本時間午後6時55分号砲。美加さんは、川内が前夜のカレーをおいしく味わい、万全の体調でスタートラインに立つことを願っている。
高校時代、夏と冬に3、4泊程度で行った合宿で川内の胃腸が鍛えられた。残食はすべて下級生が食べることになっており「帰ってきたら、ものすごい量を食べるようになった」。通常は一般男性と変わらない食事量だが、レース前後の食事量は2、3倍にもなる。「レース後は疲れて食べられないという人もいますが、終わった開放感で好きなものを存分に食べていますね」。毎月のようにフルマラソンを走る川内の強靱(きょうじん)な体力と回復力は、驚異的な胃腸の強さが支えている。
1987年(昭62)3月5日、東京・世田谷区生まれ。埼玉・鷲宮中-春日部東高-学習院大-埼玉県庁。埼玉・久喜高の定時制の事務員として勤務し、「市民ランナーの星」などと親しまれる。自己ベストは13年ソウル国際での2時間8分14秒。14年仁川アジア大会で銅メダル。世界選手権には11年大邱大会(18位)、13年モスクワ大会(18位)に出場。175センチ。
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