<鍋の力/上>

トップアスリートでさえ、食事に対して高い意識を持ち続けることは難しい。ただ、意識が変われば自ずと結果もついてくることを、前回紹介したハンドボール女子日本代表が証明してくれた。

そして、その成果が今、如実に表れているのがバドミントン日本代表だ。奥原希望ら東京五輪(オリンピック)の金メダル候補たちも最初から世界のトップに位置していたわけではない。特に課題は遠征先の海外での食事だった。そこで取り組んだ大胆な挑戦とは…。今回は一般家庭でも取り入れてほしい試みを紹介する。

海外の遠征では疲れがとれない選手たち

東京五輪選手村への入村記者会見で質問に答える奥原希望。後方は山口茜=2021年7月18日 
東京五輪選手村への入村記者会見で質問に答える奥原希望。後方は山口茜=2021年7月18日 

日本選手が日本国内の試合で体調管理に困ることはあまりない。だが「海外で」となると事情が異なり、コンディション不良に悩む選手は結構多い。これは全競技団体の悩みでもあった。世界各地への転戦が多いバドミントンの代表選手たちもご多分に漏れず、こう打ち明けることが多かった。

「最初の大会はいいけど(翌週の)2大会目になると体が…」「(数試合勝ち抜いて)決勝まで進むとダメなんです」

バドミントンで代表を争う選手たちは、年間を通してワールドツアーを転戦し、成績に応じたポイントを積み重ねて世界ランキングを上げていく。コロナ禍以前は年間20を超える国際大会に挑んできた。

主な活動サイクルはこうだ。
①約1週間の国内合宿(強化期)
②移動し、現地で大会前練習(調整期)
③国際大会1週目(試合期)
④国際大会2週目(試合期)
⑤帰国し、再び国内合宿(強化期)

規模によっては1大会で5日間続くことも。これらを繰り返して、代表活動は年間260日以上にものぼる。過密日程の中でコンスタントに好成績を収めるためにも、疲労回復は必至。だが、試合を重ねるごとに疲れは蓄積されていく一方だった。

「体力不足」。うまくリカバリーできない原因の多くは、そうとらえられていた。

米を炊く=自炊しているという思い込み

味の素ビクトリープロジェクト(VP)がバドミントン代表の栄養管理をサポートし始めたのは2015年。翌年のリオデジャネイロ五輪後からサポートにも力が入ったとき、VPディレクターの上野祐輝氏は選手たちに悩みを尋ねた。その中で気になったのが先ほどの言葉だった。

連戦の中で足が動かなくなることを一概に体力不足と決めつけたくなかった上野氏は、その原因を探るべく行動をひもといていった。そこで1つの解を見つけた。それが「食事」だった。

2016年全日本総合選手権の女子シングルス2回戦で、ケガのため途中棄権した奥原希望
2016年全日本総合選手権の女子シングルス2回戦で、ケガのため途中棄権した奥原希望

一般に、海外での朝食はホテルのバイキングで済ませ、昼食と夕食は各自で取る。多くの選手たちは海外でも「自炊をしている」と胸を張って答えた。確かに外食ばかりで済ませずに、日本から白米を持参して、クッカー(電子調理鍋)でご飯を炊くこともあった。

ただ、自炊と称してやっていたことは、炊いた米に親子丼や中華丼、カレーなどのレトルトをかけて食べるだけ。それをひたすらローテーションしている状態だった。簡単に「自分のおなかを満たせるものを摂る」ことに精いっぱいで、野菜やビタミンなど「必要な栄養を整える」ことまで頭になかった。

これが当たり前の状況だと思っていたから不平不満はなく、気にする選手もいなかった。だから原因だと考える選手も少なかった。

これではコンディションが崩れていくのも仕方なかった。

クッカーを利用した体育館での調理実習

鍋調理に取り組む奥原希望らバドミントン日本代表の選手たち(味の素VP提供)
鍋調理に取り組む奥原希望らバドミントン日本代表の選手たち(味の素VP提供)

原因は分かった。ではどう対処するか。場所は海外で、しかもホテル暮らし。そうそう融通は利かない。頭を悩ませた。

ただ、選手たちにはクッカーを使う習慣が染みついていた。これが大きかった。基本の食事とされる主食、主菜、副菜、汁物、乳製品の5つの要素を、クッカーを使って摂れないか-。

ひらめいたのが現地で、しかもホテルの部屋で「鍋」を作ることだった。「おいしくて簡単」だったレトルトの食事から、「おいしくて簡単で正しい」食事に変える。

2017年3月。その“実戦練習”のために選手たちは体育館に集まった。バドミントンではなく、調理と格闘するためだった。【今村健人】(つづく)