食事も大切なトレーニング―。食品会社の味の素は2003年から日本オリンピック委員会と共同で「ビクトリープロジェクト」を立ち上げた。メダル有望種目の競泳では選手の毎日の体重、体脂肪率をチェックし、適切な食事メニューをアドバイスする。同プロジェクトの栗原秀文マネジャー(39)は20年東京五輪を目指すアスリートを持つ保護者に、勝つための食事の3カ条を挙げた。【取材・構成=田口潤】
食と栄養でいかに力を発揮させるか
単なる選手強化支援ではない。最も結び付きの強い競泳。ビクトリープロジェクトは日本代表の組織の一員として完全に組み込まれている。昨夏の世界選手権、約3カ月後のリオデジャネイロ五輪も同行。栗原マネジャーは「食と栄養を通じて、日々の練習、レースで力を発揮させる。海外の合宿、大会で、いかに普段の食事、補食の環境を整えるかが大切」と使命を口にした。
03年から始まった同プロジェクト。当初はサプリメントの提供が主だったが、現在は食全体に広がっている。勝てる体づくりにつながるバランスの良い食事の研修、勉強会を実施。食事もトレーニングの一環との考えを浸透させる。昨夏の世界選手権前からは、一部選手への個別指導も開始した。
選手は日々の体重、体脂肪率を個人シートに記入する。朝の体調、その日の泳いだ距離、筋トレの内容、そのときの調子も書く。栗原マネジャーは、そのデータを基に、選手に対して食事量、内容をアドバイス。同時にデータをコーチ、トレーナーと共有する。「日々の数字の変動を見れば、どんな時に体重、体脂肪率が上下するのかが分かる」と栗原マネジャー。本番にピークを合わせることに、大きな力を発揮している。
体重気にして栄養不足、原因不明の疲労
世界選手権男子400メートル個人メドレー連覇の瀬戸大也(21)も、栗原マネジャーの個別指導で成果を出した1人だ。今年に入ってから、原因不明の疲労に悩まされた。2月に血液検査をしたが異常なく、栗原マネジャーに相談。すると栄養、エネルギー不足が判明した。体重増を気にするあまり、食事量が減っていた。朝食はトースト2枚、ヨーグルト、オレンジジュースのみとわずか500キロカロリー。3食合わせても3500キロカロリーだった。
金メダルのための厳しい練習をこなすためには1日5000キロカロリー必要。栗原氏は「どれだけ練習しても、筋肉がつくれていないし、逆になくなっていた」と疲労の原因を説明した。昼夜食は主食のご飯に小さい麺をプラスさせる。肉中心だった主菜は魚の回数を増やした。副菜ではタンパク質、炭水化物をエネルギーに変える働きをするビタミンB1を含む豆類を取るように命じた。練習中、前後のアミノ酸のサプリメントも忘れない。栗原氏の指導を実践したことで、瀬戸は「疲れも消え、エネルギーがみなぎってきた」と復調を実感した。
同プロジェクトの使命はトップアスリートを勝利、栄光に導くことだが、スポーツの範囲だけにとどまるつもりはない。栗原マネジャーは「トップアスリートに勧める、バランスの良い食事を、いかに世の中の常識にするか。それが日本全体に広がれば国民が元気になる。世界に広がれば、世界中が元気になる」と究極の目標を掲げる。勝つための食事は、トップアスリートだけではなく、一般の人にも役立つ。
勝つための食3カ条
*①5つの輪と「まごにわやさしい」*
食事の基本形は(1)ご飯など炭水化物の主食(2)肉、魚などタンパク質の主菜(3)サラダの副菜(4)牛乳などの乳製品(5)汁物です。
これをオリンピックシンボルの5つの輪にたとえます。上から見て、必ず5つの輪をそろえようとすれば、わかりやすいでしょう。この5つの輪にデザートの果物を加えれば完璧になります。
○主食(炭水化物)…カラダを動かすために必要なエネルギー源
○主菜(タンパク質)…筋肉、骨、血液、皮膚など、体作りの基本材料
○副菜(ビタミン、ミネラル)…カラダの調子を整えるのに役立つ
○汁物(水分、ビタミン、ミネラル)…胃腸を保護し、内臓をケア。食欲のスイッチにもなる
○牛乳・乳製品(カルシウム、タンパク質)…骨を丈夫にする上で欠かせない
1日3食の食材は「まごにわやさしい」を心掛けましょう。「ま」豆類、「ご」ごま、「に」肉、「わ」ワカメ(海藻類)、「や」野菜、「さ」魚、「し」しいたけ、「い」いも類。もともと「まごわやさしい」とのバランスの良い食事の格言があったのですが、アスリート用に肉の「に」を足しました。
5つの輪と「まごにわやさしい」を考えれば、買い物もしやすい。あるスポーツクラブで、このことを2カ月間徹底させたことがあります。すると「お父さんが元気になりました」「家族全員の体調が良くなりました」との声が多数寄せられました。アスリートが勝つためだけでなく、国民が健康になる食事です。
*②最初の一口は汁物、食べるための準備*
最近、驚くことがあります。食事の勉強会で、お母さん方に「前日、前々日でみそ汁か、スープを飲んだ人はいますか」と質問すると、1、2割の方しか、手を上げる人がいないのです。中には「牛乳や麦茶を飲んでいるから」と言う人もいます。残念です。
汁物は単なる液体ではありません。みそ汁、スープはおなかを元気にする役目があるのです。汁物には、胃、腸のエネルギーになるグルタミン酸が入っている。食事の最初の一口に汁物を飲むことで、胃、腸が食べるための準備を開始。消化にもプラスに働くのです。
あと注意して欲しいことがあります。練習中に水分補給をしていない子供たちは、食事前に水、お茶をガブガブ飲んでしまいます。これはおなかの筋肉にアイシングするようなものです。筋肉は冷やすと動かない。だからアイシングは練習後にしますよね。筋肉を動かすためにはウオーミングアップが必要。だからこそ、温かい汁物は、おなかのウオーミングアップなんです。
*③楽しい食事、説教タイムじゃない*
食事の時間が説教タイムになっていませんか。競技や勉強の話を持ち込んで「ちゃんとやりなさい」「こんなんじゃだめよ」などと言われたら食欲がわくわけがありません。そんなことを言えば言うほど、プレッシャーで食べられなくなります。
食事の時間は、心と体に栄養を与える時間です。しっかり子供に食べてもらうためには、食卓を明るく、雰囲気を良くする必要があります。家族が楽しく笑顔で食事をする。すると子供の心と体が満たされますから、つらいときにも頑張れます。
忙しい世の中のせいもあり、1人で食事する「孤食」が広がっています。外食も多い。好きなものを注文する外食ばかりだと、好き嫌いが多くなります。やはり自宅で食卓を囲むことが大事。嫌いな物も大事だからと食べさせる。苦手な物だけど、腹ぺこだから食べるしかない。そんな状況を食卓でつくることも重要です。
1976年(昭51)5月2日、東京都板橋区生まれ。立大社会学部卒。99年に味の素入社。04年からビクトリープロジェクトに携わる。立大時代は野球部に所属。当時コンディショニングに失敗した悔しさが、今の選手たちを支える原動力になっている。
03年から日本オリンピック委員会と共同で、日本選手団の食と栄養面の支援プロジェクトを立ち上げた。10年からは都内の味の素ナショナルトレーニングセンター内の栄養管理食堂「勝ち飯食堂」を開き、トップアスリートにバランスの良い食事を提供している。競泳以外でも、シンクロナイズドスイミング、体操、フィギュアスケート、バドミントンなどの選手に対しても個別指導を行っている。