<仙台育英・郷古武部長(前編)>
ある週末の午前中、宮城県の高校野球の強豪、仙台育英のグラウンドに行くと、エプロンを付けた郷古(ごうこ)武部長が出迎えてくれた。
この日は練習試合。朝8時から下準備をしていた郷古部長の勝負どきは8回から。急に目の色が変わり、麺をゆで始めたり、盛り付けしたりと動きが加速し、最終段階へ。
佐々木順一朗監督やチームスタッフ、相手チームの監督らも試合を終えて、バックネット裏の2階建ての建物「本部」に戻ると、そこには温かく美味しい料理があった。ちょうどお昼。郷古部長による手料理のおもてなしだ。この日のメニューは鶏そば、田舎煮、チヂミ、ホヤの塩辛。どれも絶品。プロ顔負けの出来映えだった。
朝から準備、一度に10~15人前
高校野球の週末といえば、大会期間以外はほとんど練習試合が行われている(12月~3月上旬までを除く)。他校では、監督らの昼食はお弁当か出前が定番だが、仙台育英は毎回、郷古部長の手料理が振る舞われる。
「08年4月に私が部長に就任したころは出前をとっていましたが、午前中の練習試合が終わる時間がまちまちで時間が読めない。あるとき、まだ7、8回くらいに出前のラーメンが届いてしまって、監督やお客さんが召し上がるときには、すっかりのびてしまってね(笑)。これなら、簡単なものでよければ私が作りましょうか、というのが始まりなんです」(郷古部長)。
今では、練習試合の対戦校のスタッフ含め、一度に10~15人分を調理。「基本は丼もの、汁もの、お浸しや煮物。出来合いのものは一切なし。すべて手作りというのが私のポリシーです」と郷古部長は栄養を考慮し、野菜を使いながら、味も飽きない工夫をしている。
作るからには、美味しいものを作りたいと前夜から準備することもある。例えば、テールスープは骨の血を抜いてからひと晩おき、翌朝、洗って調理する。「圧力鍋がありますから、血抜きさえできれいれば、1~2時間煮込めばいい。天然の食材は体にいいですし、美味しいでしょう」(郷古部長)という徹底ぶりだ。
久しぶりに作る料理は、当日失敗しないように、前日に練習することもあるという。万が一、来客に苦手な食材があったとしても、それに代わる料理をすぐに用意できるように考えてもあり、いつ、何人来てもすぐに対応できるように準備はしてあるのだとか。
他校の料理講師、「カラアゲニスト」認定も
腕前は自己流で鍛えてきた。たまに本を読んだり、知人の料理人に教えてもらったりもするが、今では逆に、店にアドバイスすることもあるほどだという。
料理好きが広まり、保護者からの要望で年に2~3回、夏は「スタミナを落とさないための食事」、冬は「風邪予防のための食事」など講習会を開催。最近では、毎年遠征で練習試合をしている東京学館船橋(千葉)から依頼され、スタッフのための昼食作りと、保護者対象の講習会で講師を務めた。すでに「趣味」の域を超えている。
ロッテのドラフト1位ルーキー、平沢大河内野手も郷古部長の料理を絶賛。「普段はお客様にだけ作られるんですが、たまにマネジャーが食べているのを分けてもらって、すっごく美味しかった! 僕が好きだったのは唐揚げです」。なんと、郷古部長は11年に日本唐揚協会の検定試験を受け、「カラアゲニスト」としても認定されていた。
料理を極める郷古部長は「素材と自分との相性を感じることが基本。この素材をこういう味にしたら美味しくなると、食材が語り掛けてくる感覚になるんです」と語る。その日のお肉が水っぽいと思えば、粉の量を調整。調味料は目分量。適度な温度で素材を見ながら揚げていくといったように、素材との一体感を感じながら調理すると、極上の旨さが誕生するのだという。
全面人工芝。ベンチ、スタンド、全自動のスプリンクラーなど公式戦も開催できるほどの設備を整えている仙台育英のグラウンド。日ごろから佐々木監督は「誰もが、またこのグラウンドに来たいと思ってもらえるチームにしたい」と口にしているが、何よりも郷古部長の料理が、チーム同士の交流にひと役買っている。昨年は製麺機を購入。「時間があれば、麺から作ってみたい」と郷古部長の“野望”は広がる。【保坂淑子】
フリーライター、エディター。日刊スポーツ出版社刊「プロ野球ai」デスク、「輝け甲子園の星」の記者を務める。「輝け甲子園の星」では“ヨシネー”の愛称で連載を持つ。「ヨシネーのひとりごと」(ニッカンスポーツコム)も連載中。
※2017年第89回選抜高校野球出場
アスリートめし
あの選手は何を食べている?どういう食事をしている? プロ選手やトップアスリート、そこを目指す選手の食生活を紹介する。