たわわに実った稲が、秋の風にゆられ、黄金色に輝いている。「ひとめぼれ」「ササニシキ」「つや姫」の生産地として知られる全国有数の米どころ、宮城県登米(とめ)市は、まさに今が新米の稲刈りシーズンだ。

たっぷりと実りをつけて、頭(こうべ)をたれる稲穂。奥の木立の先にあるのが佐沼高野球部のグラウンド
たっぷりと実りをつけて、頭(こうべ)をたれる稲穂。奥の木立の先にあるのが佐沼高野球部のグラウンド

 かつては江戸食米の3分の1が伊達藩(宮城)で作られ、「江戸に“登”る“米”」の由来から「登米市」という地名が付けられたと言われている。仙台市から北東に約70キロ。車で約1時間半の距離にある人口約8万2000人の町から初の甲子園出場を目指して、食事トレーニングに励む高校野球部がある。それが創部112年の伝統校、宮城県立佐沼高校だ。

自宅で作ったお米で体作り

 専用グラウンドが田んぼで囲まれている野球部。部員23人中、22人が登米地区から通う地元の選手だ。練習開始から1時間。部室から米が炊ける、いい香りがしてきた。

大山真由子マネジャー(3年)は毎日3升のお米を炊いて選手をサポート。「卵かけごはん用のお米は、ちょっと固めに炊くのがおススメ」
大山真由子マネジャー(3年)は毎日3升のお米を炊いて選手をサポート。「卵かけごはん用のお米は、ちょっと固めに炊くのがおススメ」

 見ると、1升炊きの炊飯器の前に選手が並び、炊きたてのごはんを女子マネジャーによそってもらっていた。手のひらからはみ出るほど大きい茶わんに入ったごはんに、生卵としょうゆを入れてかき混ぜ、一気に口の中に放り込む。「ウマいっす!」「のど越しが良いから一気に入っていきます」。あっという間に完食し、再びグラウンドに走って行った。

授業が7限まであるため、練習は午後4時15分から約2時間半。「さっと食べられるのがいい」と卵かけごはんをかき込む選手たち
授業が7限まであるため、練習は午後4時15分から約2時間半。「さっと食べられるのがいい」と卵かけごはんをかき込む選手たち

 「速く、おいしく、シンプルに。これがウチの食トレです」と茂泉(もいずみ)公己監督(42)。以前は女子マネがおにぎりを作っていたが、手間がかかることを考慮してシンプルな「卵かけごはん」に変えた。すると選手から「おにぎりより食べやすい」と声があがり、夏の大会中も続けたという。

卵がけごはんを食べ、自然に笑みがこぼれる選手たち
卵がけごはんを食べ、自然に笑みがこぼれる選手たち

 選手から集めた米は「1人1升」。そのほとんどが自宅で作った「ひとめぼれ」というから地の利を感じる。「甘くておいしいから、おかずがいらない」と選手たち。タンパク源となる卵は、後藤大部長(37)が業務用のスーパーで調達している。

負担をかけず、感謝忘れず

 茂泉監督は佐沼流食トレを、次のように話した。

・シンプルに、おいしく、お米を食べる。
・「〇合メシ」と決めない。過剰摂取しない。
・女子マネに負担をかけない。
・素早く食べる。練習の流れを止めない。
・コメ生産者(親や親戚)の顔を思い浮かべ、感謝する。

食トレ効果で打球にパワーがつき、今夏はベスト8入り。登米市初の甲子園出場を目指し、この秋は体力強化に取り組みます
食トレ効果で打球にパワーがつき、今夏はベスト8入り。登米市初の甲子園出場を目指し、この秋は体力強化に取り組みます

 今年6月から始めた練習中の間食で、選手は2~5キロの体重増に成功。試合中バテなくなった、打球の飛距離が伸びたなどのパワーアップに繫がった。秋・春の県大会で0勝だったチームが、今夏は第1シード校(仙台三)を破ってベスト8入り。レギュラーの菅原卓選手(2年)は「食トレをきっかけに、自宅に帰ってから以前よりもっと積極的にゴハンを食べられるようになった」と話し、秋の県大会1回戦でも4安打2打点の大活躍を見せた。

 登米市は米のほかにも、「全共・和牛オリンピック」(2012年)で入賞した肉牛や、キュウリ、キャベツなども県内1位の生産量を誇る。選手たちは「家のお手伝い」として、畑や田んぼで農作業を経験して育った者がほとんどで、米作りの苦労も熟知している。だからか、「やらされている感」が漂っていない。

部員の8割が自宅で米を作っているため、子供のときから米作りに慣れ親しんでいる。「朝食はごはん派かパン派か」を聞くと、全員が元気いっぱいに「ごはん派です!」
部員の8割が自宅で米を作っているため、子供のときから米作りに慣れ親しんでいる。「朝食はごはん派かパン派か」を聞くと、全員が元気いっぱいに「ごはん派です!」

 「地元で取れた特産物を、おいしく食べるのが1番。その結果、体重増加につながるのが理想です」(茂泉監督)。米どころ登米市から、初の甲子園出場へ! チーム最高の宮城大会準優勝(2014年夏)超えを狙います。【樫本ゆき】

管理栄養士・山崎みどりのコメント

 練習合間の補食は、何を摂るかがとても大切です。「補食におにぎり」はよく聞くと思いますが、消化も良く食べやすい「卵かけご飯」はタンパク質補給もでき、おいしい米の生産地ならではの補食でしょう。炊きたてのご飯のおいしさは格別で、たくさん食べることでエネルギー量も増え、パワーアップにつながります。ただ、生卵は食中毒のリスクも高くなりますので、大事な試合の前日などは控えるようにしてください。

宮城県立佐沼高校

 創部1904年。1966年東北大会決勝、2014年夏宮城大会準優勝。部員23人(2年=13人、1年=10人、女子マネ=2人)。進学率86%。部のモットーは「謙虚に、素直に、ひたむきに」。主なOBは、石ノ森章太郎(漫画家)、大友克洋(漫画家)、長野哲(大洋)、佐々木信行(ロッテ)。後藤大部長、茂泉公己監督、松井康弘副部長。