<横浜高校野球部・栄養士渡辺元美さん(前編)>
全国制覇5回、春夏31回の甲子園出場を誇る横浜高校に、縁の下の力持ちとしてチームを支える女性がいる。寮の食事を世話している栄養士の渡辺元美(もとみ)さんだ。元美さんは、昨年同校の監督を勇退した渡辺元智氏(72)の次女で、1996年から野球部寮で生活する10~20人の食事を管理している。明るい笑顔と前向きな性格で、選手たちの良き理解者でもある元美さんが、球児のハートをつかんできた愛情料理の「秘策」を明かしてくれた。前編では高校球界注目の強打者・万波中正選手(1年)ら現役選手の声を紹介する。
見た目が大事、“女子っぽく”アレンジ
「今どきの子は、本当に“見た目”が大事なんですよ。茶色っぽ~い、地味な料理だと反応がイマイチ。彩りには、かなりこだわって作っていますね」。20年間、野球部の選手たちに食事を提供している元美さんは「今どき」選手の傾向を笑顔で話した。「女の子が好むような“カフェごはん”ってあるでしょう。みんな、ああいうのが大好きなんですよ」。
全国屈指の強豪校として知られる横浜は、県外出身の選手もおり、味の好みはさまざま。最近は約半数が好き嫌いのある選手だそうで、「トマト・ナス・ピーマン」はワースト3と言う。その中で、まずは「おいしそう」と思わせ、視覚で引きつける工夫を施しているそうだ。
元美さんが考えたのが「ゴマ・刻み海苔・小ネギ」の3点セット。「ゴマは抗酸化作用のあるビタミンEが含まれていますし、洋風、和風、中華にも合う。色も生えるので、困ったらゴマをいっぱいかけちゃいます! 苦手なものに気づかず選手が美味しそうに食べているのを見ると、ヨシ、ヨシ、って思っちゃいますね」と笑った。
名門だけに、野球部支援者からの差し入れも多い。米や野菜、肉、納豆、ウナギ…など「選手のために」と、温かい配慮が寮に集まる。そんな時も元美さんの手腕が発揮される。「大きな白菜をたくさんいただいた時は、バラ肉でミルフィーユ風にしたり、ロール白菜にして選手たちに食べてもらいました」。野球一家で育ち、野球環境を良く知る元美さんならではの対応力で、選手とともに日々奮闘し、甲子園出場を目指している。
楽天ドラ1藤平は10キロ増
選手1人の1日の摂取カロリーは約7000~8000キロカロリーに設定している。選手は朝食、昼食、補食、夕食、夜食と、計5回の食事を取っている。
夏のエースで、楽天ドラフト1位入団の藤平尚真投手(3年、186センチ・84キロ)は、寮での1日6回の食事で入学時から約10キロも体重が増えた。母直美さんは「元美さんの食事がなかったら、あんなに大きくはならなかった。感謝しきれないほどなんです」としみじみと話す。
藤平投手だけでなく、横浜の選手は一人一人の「食」への意識が高い。というのも昨年から、明治の栄養指導を受けているため、5大栄養素の知識などがちゃんと頭に入っているのだ。
入学時から体重5キロアップした福永奨主将(2年)は元美さんが作るカツ丼が大好物。「冬は、食トレやトレーニングで体を大きくできる時期。パワーをつけてチャンスで1本打てる打者になりたい」と意欲に燃えている。
2番ショートで活躍する渡辺翔(かける)選手(2年)は「体重を増やすため、間食におにぎりを3個、寝る前に卵かけご飯を食べています。元美さんの料理では焼き豚入りの本格チャーハンが美味しいです」。
そして1年生ながら190センチ、93キロの体で本塁打を量産する万波中正(ちゅうせい)選手(1年)は「冬の間に体を引き締めたいので、野菜を多く食べています」。入寮前は魚介類が苦手だったそうだが「元美さんが作ったシラス丼は食べられました!」とうれしそうに話す。「ほら、一口でいいから食べてみな~!」と元美さんがうまく盛り上げ、完食させたそうだ。
「苦手なものはあると思いますが、私は気にせず出しますよ。不人気な焼き魚は、ムニエルにしたり、フライに。カボチャは煮物ではなくポタージュにしたり。ポイントは“女子っぽくアレンジする”ですかね。みんな食べてくれますね」。
男子校の“横高球児”に、魔法をかけるように食育を行う元美さん。母親のように、時に女子マネジャーのように、選手を盛り上げ、美味しく食べさせる。感謝を口に出すのが苦手な選手が多いが、空っぽになったお皿を見て「ヨシ!」と小さくガッツポーズをする時が、至福の時なのだと笑った(後編に続く)。【樫本ゆき】