伝統の味。大相撲界でもちゃんこ鍋で定評のあるのが、本紙評論家の高砂親方(元大関朝潮)が率いる高砂部屋。初場所で部屋創設140年目にして「関取輩出」が途切れたが、春場所では朝乃山(22)が新十両昇進を果たした。「昇進祝い」に今回は出身地富山県から名物ベニズワイガニ、ウマヅラハギの高級食材などの差し入れを合わせて「特製ちゃんこ鍋」を作ってもらった。
伝統の「ソップ炊き」
稽古場のすぐ横に、調理場がある。のぞき窓から稽古の様子もうかがえる。調理場に立つのは、182キロの巨漢ちゃんこ長の大子錦。「狭くてすいません」といいながら、体に似合わない? 小さめの包丁を握る。「普通は大きな出刃包丁とか使うんでしょうが、軽くて一番使いやすい」という。
この日のちゃんこ鍋は、伝統の味と富山の味のミックス。まず高砂部屋の「伝統の味」を紹介しておこう。「ソップ炊き」という鍋で、鶏がらだしを取って酒や砂糖、醤油などで味を調整する。鶏は二本足で立っていることから「手をついて倒れない」という縁起を担いだものだ。高砂親方は「うちは、今も場所の初日には必ずソップのちゃんこ鍋にしている」という伝統を守っている。
角界では「高砂部屋はあんこ型(太ったまるい体形)が多い」と言われるが、ちゃんこがおいしくてよく食べるからだとも。親方も入門時135キロから最高は185キロまで増えたという。
その味に富山の味を重ねる。大子錦は「昆布もだしに使うので、昨晩から水につけてだしを取っておきました」といい、ソップと昆布だしを合わせて大鍋に仕込んだ。塩、醤油、みりんで調整して「どうです?」と味見に差し出されたが、これは絶妙だ。実は富山県は昆布の消費量が全国一だという。
ベニズワイガニ、ウマヅラハギ
富山県からの差し入れは、ベニズワイガニ12杯、ウマヅラハギ10匹。ベニズワイガニは適当な大きさに切り、ウマヅラハギは頭と内臓を取って骨ごとぶつ切り。「味が出るし骨は食べちゃえばいいんです」と大子錦は笑う。また、富山県では厳冬期の気候を利用し、「低温下でゆっくり育てる」、「寒気にさらす」、「一定期間貯蔵する」ことで甘さが増す野菜を「とやまカン(寒)カン(甘)野菜」として、新たな名物にしており、今回はキャベツ、ネギ、ニンジンが届けられた。
「高砂伝統の切り方があるんです」と、ちゃんこ長歴15年の大子錦はキャベツ1玉を十字に切って4つに分けてぶつ切りにしていくのだが、切られたキャベツ片が三角形をしている。「味もそうなんですけど、具の形が違うと、先輩たちから怒られるんです」。高砂部屋伝統のちゃんこ鍋は、こうした先輩たちの目や舌から継承されてきた。若者頭の伊予桜さんも「味にうるさい先輩がいて、味が研ぎ澄まされておいしくなる」と話してくれた。
キャベツ片は三角形
通常入れる他の野菜や揚げ、肉団子など具材を先ほどのソップと昆布のだしを合わせたスープに投入。煮立ったところでウマヅラハギ、ベニズワイガニを入れて、約20人分のちゃんこ鍋が完成した。ベニズワイガニはなくなったら足し、残ったものはゆでて食卓へ。ポテトサラダ、卵焼き、カキフライ、レバニラ炒めなどのおかずも手際よく調理され、この日のちゃんこになった。
関取消滅から1場所で立て直した親方。「みんなでまた新たな歴史をつくっていこうということですよ。ちゃんこ鍋は伝統を守っていく。それでいいんじゃないの」と笑った。
石橋改め朝乃山、好物は「母さんが作る卵焼き」
高砂部屋の新たな歴史づくりのけん引を期待されているのが、春場所新十両に昇進した石橋改め朝乃山。親方と同じ近大から高砂部屋に入門し、昨年春場所三段目付け出しで初土俵を踏み、1年で関取に昇進した。
昨年九州場所で朝赤龍の幕下陥落が決まり、今年初場所では部屋創設の1878年(明11)以来140年目で関取がいなくなった。それを1場所で解消したのが朝乃山。富山県出身の関取では97年に元関脇琴ケ梅が引退後、20年ぶりの関取となった。
近大入学まで富山県で育った朝乃山は「子供のころからブリを食べていて、おいしかった」という。好物は「母さんが作る卵焼き」と笑った。また行きつけの食堂もあったそう。入門後は「食が細いといわれるのでもっと食べないと。好き嫌いはありません」という。
新十両の春場所に向け「15日間相撲が取れるので楽しみです。いろんな人と対戦して、通用するか、一番一番取り切りたい。勝ち越しを目指して星を伸ばしたい」と意気込んでいる。
1878年(明11)に創設。代々、師匠は「高砂浦五郎」を名乗り、現親方で7代目。これまで横綱、大関を多数輩出している高砂一門の総帥。現親方が89年春場所で引退し若松部屋として独立。02年2月に6代目高砂親方の定年に伴って、若松、高砂両部屋が合併する形で、高砂部屋となった。現在、師匠高砂親方ほか、若松親方が部屋付き、力士17人、行司2人、呼び出し2人、床山1人、若者頭伊予桜が所属している。
富山県の食 北は富山湾に面し、南には飛騨山脈、立山連峰と自然豊かで山海の食に恵まれている。海産物ではホタルイカやシロエビ、ベニズワイガニ、寒ブリなど全国的にも有名。農産物では厳冬期の気候を利用し、「カン(寒)カン(甘)野菜」と名付けて14種の野菜をブランド化している。郷土料理では富山名物の「ます寿し」や氷見のうどん、B級グルメで人気のラーメン「富山ブラック」などがある。
(2017年2月28日付日刊スポーツ紙面掲載)