今年の履正社(大阪)の試合を観ていて、こう思った人は多いのではないだろうか。「履正社の選手って、なんでこんなに体が大きいのだろう」。
優勝を果たした昨秋の神宮大会、そして準優勝した今春のセンバツでも、力強い打撃以上に、ユニホームがはち切れんばかりの恵まれた体が、強く印象に残っている人も多いはずだ。
だが、履正社もかつてはそのように相手の体格をうらやましく思う側だった。岡田龍生監督(56)は言う。
「甲子園に出るようになってから、やはり感じたのは全国のチームとの体格の差です。じゃあ、たくさん食べるようにしよう、とは言っても、食べ方によって体の大きくなり方も変わってくる。その中でトレーニングをすることも必要だし、休養も大事。ですので、食事、トレーニング、休養というこの3つの要素をいかにバランス良く取り組むかが重要だと思ったんです」。
ほとんどが自宅生、自己で管理
そこで、10年前からチームとして取り組むようになったのは「栄養トレーニング」だ。「体を大きくするには、まず栄養に関する知識が必要なので、そのあたりを勉強することから始めます」(岡田監督)。
履正社の選手たちは一部の下宿している選手を除き、ほとんどが自宅からの通学生だ。寮であれば食事管理は一括して行えるが、自宅通学となると、それぞれの家庭で自己管理を徹底しなければいけないため、履正社では入学すると選手だけでなく保護者も交えて栄養に関する座学の研修を行う。
その中で、「5大栄養素」などを含め、栄養に関しての基礎知識を学ぶ。自分たちの体を動かす栄養素とは何なのかから始まり、この食材はこの栄養素が多い、この食材とこの食材との食べ合わせでこんな栄養素が多く摂取できるなど。そこから選手たちは、食べることに対しての重要さを学んでいく。
チームのトレーナーとして、練習メニューだけでなく栄養面のサポートも行う平嶋大輔さんは言う。
「一番大事なのは、自分に今一番何が必要か、何が足りないのかを理解することです。そして、食べることに対しても、ストレスなく取り組めるか。安易に『食べろ』とこちらから言い続けても、それがストレスになって食べることに抵抗を感じてしまう選手もいます。食べることが楽しくなくなれば、体作りにも消極的になるし、野球をするのも辛くなる。無理のない、自分がやれる範囲の中で少しずつでも進歩していくことが大事です」。
食事量は101%、やれる範囲で
食事量に関しては、いきなりいつもの何倍もの量を食べるのではなく「自分の胃に対して101%」の量に定める。特にこれからの季節は暑さなどで食欲が落ち、食事量が減りがちだが、お米を食べられなくても食べやすいうどんなどの麺類にしたり、野菜不足だと感じれば、酢の物などの食べやすいおかずをもう1品つけるなど、さまざまな工夫も必要だ。
普段の食事に関しては、数週間に1度、食事調査を行う。いわゆる、アンケートのような形式で、3日間いつ何を食べたかを記入し、提出。それをもとに平嶋さんの縁で協力してくれるようになった栄養士を目指す学生さんが、「自身の勉強のためにもなる」とグラウンドに出向き、ボランティアで面談を行ってくれる。ただ、全員が全員、最適なものを存分に食することができるわけではなく、毎日必要なものをきちんととれる者もいれば、両親が共働きでおかずをたくさん用意できない家庭もあるなど、それぞれの生活環境が違う。そのため、具体的に何を食べる、ではなくどんなものを摂れば良いかをアドバイスしてくれるのだ。
「食が細い」はサボりと同じ
ただ、食べることに対して安易な発想のままでは困ると岡田監督は話す。
「ウチでは食事もトレーニングの1つだと言っています。『うちの子は食が細いんです』というのはトレーニングをサボっているのと同じ。食が細くても、そこに向けてどう努力するかが今後につながるんです。体力を維持するための体は基礎中の基礎。その基礎をしっかり作って初めて体作りができるので、本人の自覚も重要になってきますね」。
栄養の知識を得て、選手たちは学年が上がるごとにさまざまな興味を抱くようになるだけでなく、選手たちの行動にも変化が出てくる。平嶋さんはこんな話もしてくれた。
「これからの時期は熱中症対策も必要になってきます。食事でも塩分の多いものを摂るようにするとか、それぞれの心掛けも大事です。普段の練習時に下級生の頃は『各自で塩アメを持ってくるように』と呼びかけていたのですが、上級生になると何も言わなくても各自でちゃんと持ってくるようになります。それだけでなく、自分たちで調べてOS-1(経口補水液)も用意してくるようになりましたね」。
卒業をしても、平嶋さんの携帯電話にはトレーニングや栄養についてのアドバイスを求める教え子たちからの連絡がよく来るという。大学生になるとそれこそ自己管理が重要になってくるが、高校で学んだ知識を生かし、積極的に体作りに臨む選手が多い。
「大学生や社会人、プロになってもそういう気持ちを持ってやってくれているのが一番うれしいですね。何事も続けていくことは大事」。
近年、大学やプロなどさらに上の舞台で活躍する卒業が増えている履正社。土台作りに対する高い知識も、その躍動の一因なのかもしれない。今夏の大会でも、その躍動に期待が高まっている。【沢井史】