<浦和学院:下>
「『氣』という文字は、米が中に入っているでしょう。人間の気力や、気持ち(メンタル)を支えているものは、米、つまり食事だと思うんです」。
高校野球の強豪、浦和学院(埼玉)の食事を任されている田村雅樹さん(40)は、野球部OBだ。選手時代は控え捕手として、高3の夏に甲子園出場。大学卒業後、アスリートの食トレをサポートする会社に就職し、栄養学を学んだ。料理人を含む約18年間、母校の食事管理に携わっており、「元選手」としての感覚を生かして食事を提供している。
「僕の時もそうでしたが、キツイ練習の後や、夏場はどうしても食欲が落ちるんですよ。食べないと熱中症や夏バテになってしまう。『冷や汁』など、さらっと食べられるメニューを取り入れています」。
冷や汁は、宮崎と並んで埼玉の郷土料理でもあるが、田村さんは隠し味に「ショウガ」を入れるそうだ。「冷たい飲み物が多い夏場に、体を冷やしてはいけない。テーブルにはいつも“おろしショウガ”を入れて、いつでも口にできるようにしています」と話す。
成人男性2.5倍の摂取エネルギー
今年の夏も暑い。日中の気温が35度以上にもなる埼玉大会を勝ち切るには、体力とスタミナが必要不可欠だ。埼玉大会の初戦、2回戦の三郷戦にコールド勝ちした浦和学院は、夏の大会中も食事の量を減らさず、「勝つために食べる」を徹底している。ご飯の量は1日2キロ以上が目標(朝600グラム~、昼500グラム~、夜800グラム~)。平均的な茶碗で1杯約150グラムだから、約13杯以上になる。
1日の摂取エネルギーは、おかずと合わせて6000~7000カロリー。成人男性の約2・5倍の数字だ。それでも他校の指導者から「浦学の選手は無駄な脂肪がなく、引き締まって見えるね」と言われる理由は、毎日の練習量に合わせた食事の量と質を専門家から学び、選手たちが「食べること」に積極的に向き合っているから。その目線の先には、県勢初の夏の全国制覇の夢がそびえ立っているからだ。
自宅通学の選手も一緒に夕食
練習が終わる午後7時ごろ、グラウンド横の食堂が一気ににぎやかになる。自宅通学の選手も一緒に、全員で夕食を食べるからだ。練習後、正しい時間に夕食を取ることで吸収率がアップし、効率よく消化も行われる。食事は必ず「ご飯、汁もの、野菜、おかず2、3品、デザート」のセット。選手の保護者は共稼ぎの家庭が多く、家でこの品目を毎日作るのは大変だというチームの考えで、今の形にたどり着いた。
この日のメニューは、
・ご飯 ・みそ汁 ・鶏のチリソース ・小松菜と蒸し鶏のおひたし ・キュウリとワカメの酢の物 ・サラダ ・オレンジ
メインのチリソースは、おろしニンニクとショウガ入り。小鉢は「浦学農園(野菜作りで強さ育む、浦和学院の食育は「明るい農村」スタイル/浦学・上)」で収穫したばかりのキュウリが大活躍だった。
前日のメイン料理は「豚バラブロックのトマト煮」。OBからトマト20キロの差し入れがあり、おいしく調理された。選手たちは食事の前に必ずそろって手を合わせ、感謝の念を込める。自分たちで作った野菜に、料理を作ってくれた人、支えてくれた人を思い浮かべて食事をいただく。
タンパク質も「体重×2」、やせる例も
それにしても、1日2キロというご飯の量。まさに“氣”合が必要だと感心する。体の大きい選手ばかりではない。選手に聞くと、慣れるまでに苦労があったようだ。
「1年生の時は時間がかかって大変でした。でも『これも練習』と思うと気が抜けなかったです」(桑野流佳選手=3年)、「食事は欠かせないスタミナ源。夏は暑さでもうろうとする中で試合をするんですよ。バテないためにも、食べる力は大事です」(山本晃大選手=3年)。順調に体重増加していく中で、春の埼玉大会決勝で同点タイムリーを放った本田渉選手(3年)のように「入学から20キロやせてベスト体重になった」というダイエット例もある。
「将来にも生かされる」食事の知識
田村さんは「正直、選手たちは食事も頑張っていると思いますよ」としみじみ話す。「でもここは、実はご飯だけじゃない。タンパク質も『体重×2』を目指して頑張って食べています。納豆や、低脂肪の牛乳、プロテインなど、自分に合ったもので補っています。そういう習慣は、大学で野球をやる者はもちろん、父親になり、家族を持った時にも生かされる知識ですから。これからも続けて欲しいですね」と期待を込めた。
2013年センバツ優勝時の主将で、今春の全日本大学選手権を制した立大・山根佑太選手(4年)は「高校時代は確かにきつい時もあったけど、量を食べる習慣がつきました。当時、栄養指導してくれた方とはつながっていて、今もアドバスをもらっています」と、高校時代からの縁を今も生かしている。
浦和学院の「食べる意識」は、甲子園出場への準備だけではなく、その先、大学で野球を続けるため、そして家庭を持つ父親になる未来にもつながっていく。【樫本ゆき】