日本のスポーツ界では、アスリートの体形の指標として、体重の増減や体脂肪率に意識がいきがちだ。厳しい体重や食事管理によって、成長期の女子アスリートのエネルギー不足が大きな問題となっている。月経異常、無月経、それによって骨密度が低くなり、疲労骨折する選手も少なくない。
こういった選手を医学的側面から総合的に支援する機関が「女性アスリート外来」。現在、東大病院と順天堂大病院(お茶の水、浦安)に開設され、悩める女子アスリートの受け皿となっている。
順天堂大では、2014年10月から婦人科、整形外科、メンタル、栄養の4部門が連携し、トータルで選手をサポート。開設年は35人だった受診者は約300人にまで増えた。
栄養部門を担当する管理栄養士で公認スポーツ栄養士の佐藤郁子さん(51)は、お茶の水と浦安を行き来しながら、小学生から40代までのアスリートを繰り返し指導。その回数はのべ1200件を超えた。
画期的な取り組みに関わって、間もなく5年目になるが、手応えを感じる一方で、課題の大きさにも直面している。佐藤さんが感じる課題、女性アスリートを取り巻く環境改善への提言を伝えたい。
高めて欲しい保護者、指導者の問題意識
女性アスリート外来を訪れる患者は、陸上・中長距離の選手をはじめ、審美系競技、球技、ボートレーサーやプロの競輪選手まで幅広いが、多くの症状は運動性無月経。最近では、成長曲線から大きく外れてしまっているやせの小学生や拒食症の疑いのある選手もいる。
「もっと早くに来てほしかった、遅いよ、と思う選手が多いですね」と佐藤さんは厳しい表情で話す。無月経になると、骨形成を進める女性ホルモン、エストロゲンの分泌が減少するため、骨密度が低下する。無月経が続けば若くても骨粗しょう症となり、疲労骨折を引き起こす可能性もある。骨密度のピーク(18~20歳)を考えると、なるべく早く治療をすることが必要となる。
無月経を放置してしまう一因に、母親の「私もそうだったから大丈夫」という無知や、母子間の会話不足があるという。「選手もそうですが、保護者にも問題意識を高く持って欲しい」と佐藤さんは力を込める。
加えて、その状況を把握していない、関心がない指導者が多いのも現状。「自分は長年、こうやってきたという『自分がスタンダード』の人が多い」と佐藤さん。結果として、栄養サポートと指導者との間に選手が挟まれ、簡単に解決できない難しさがある。
重要な食習慣、教育現場に落とし込めるか
栄養指導は1人30分間。血液検査や体組成計測による詳細なカルテを基に、現在の状況を確認しながらアドバイスを送る。内容は、栄養や食事の話に留まらず、家庭環境や部活動、指導者に関する悩みなど多岐にわたり、「栄養の話を全くしないときもある」ほどだ。
食べられないなら、その原因を突き止めるため、選手の本音を引き出す必要がある。「1人1人対応が違うので、あれで良かったのかといつも悩む」と言う佐藤さんだが、選手からの信頼は厚い。娘2人を育てたお母さんでもあり、時には保護者をしかるときもある。
食事指導の中で感じることは、家庭での食習慣の重要性だ。「ちゃんとした食事をとって育ってきていない選手は、何度指導しても食事の内容は改善されない。逆に、しっかりした食事をとってきた選手は、どんな状況でも何とかしようとする」。
豪華な食事でなくていい。主食、主菜、副菜が揃った食事。これを習慣づけるには「幼児期から、親を巻き込んだ栄養指導が必要です。それをどう教育現場に落とし込めるかが、大きな課題」と佐藤さんは熱く語った。
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