プロ野球南海(現ソフトバンク)で捕手兼任監督を務め、ヤクルト、阪神、楽天でも指揮を執った野村克也(のむら・かつや)さんが11日午前3時半、虚血性心不全のため死去した。84歳だった。
「カメ理論や」。健康のためにウオーキングやジョギングをすることを嫌っていた野村監督は、カメのように動かないことを信条としていた。
「血液さらさらになるんだ」と、カバノアナタケ茶を愛飲し、健康に気を使っていたものの、運動には消極的だった。仙台ではホテルと球場の往復がほとんど。食事もホテルの1階レストランで済ませることが多かった。
ただ、美食家でも知られる同監督。カメ理論とはいえ、好物があれば食べに赴く。好んで通ったのは青葉区一番町4丁目のステーキ店の「大胡椒」だ。試合前のベンチで「今日は大胡椒だ。あの店の肉は、うまいぞ」と、試合後の会食を楽しみにしていた。客人や、沙知代夫人が仙台に来る日の試合前に、よくベンチで“予告”していた。
沙知代夫人が亡くなってからは、寂しくないよう、都内の自宅に沙知代夫人の写真をたくさん飾っていたという。天国では、2人で仙台牛のステーキを楽しんでいることを願う。【07~09年に楽天担当・金子航】
(2020年2月11日、ニッカンスポーツ・コム掲載)