新型コロナウイルスの感染拡大後、アスリートを取り巻く食環境は大きく変わりました。終わりの見えないこの状況下で、アスリートやサポートする側は食とどう向き合い、どのように行動を変えていけばよいのでしょうか。スポーツの現場に携わる管理栄養士・鈴木里美さんが今感じることとして、提言を送ります。

コロナ前と後での変化

コロナ前は、アスリートの体作りや目的に対するきめ細かい栄養サポートが当たり前でしたが、今は新型コロナウイルス感染予防の対策を前提とした「安心・安全」が第一に求められてきています。

今まで寮や遠征先のホテル、試合会場の多くで取り入れられてきたビュッフェスタイルは、アスリートそれぞれの状態や体格に合わせて食べる料理と量を選択でき、コンディションの維持に役立っていました。国際的な大会になると、文化や宗教、多様性に応じた食事がずらりと並び、異国でも不自由なく食事を摂ることが出来たことでしょう。

コロナ前は主流だったビュッフェスタイルでの食事提供方法
コロナ前は主流だったビュッフェスタイルでの食事提供方法

新鮮でおいしいものを見栄えよく盛りつけ、温かいものを温かく、冷たいものはひんやりと。こういった作り手の心意気や情熱も、食べる側にとっては大きな活力となっていたと思います。

しかし、今は接触感染予防の観点で、提供スタイルや提供するもの自体を変えて提供することが増えてきました。「簡素な食事にがっかりした」「楽しみが半減した」「量が足りなかった」という場面もあるかもしれません。

求められる「自己管理能力」の具体例

このようなときに最も大切なことは、変化に順応し、より良くするために考える力、つまり「自己管理能力」を身に付けることではないでしょうか。具体例を挙げてみます。

(1)感染しない、人にも感染させない

規則正しい生活、バランスの取れた食事を意識して摂りましょう。
手洗いの徹底。食事前に洗えない場合は、ウエットティッシュを常備するなど清潔な状態で食べる。100円ショップでも購入できる使い捨て手袋の活用もひとつの案。
チーム競技や集団生活の場では、密集しないような対策を。

(2)一歩先の行動を考える

初めて行く遠征先では、事前に食事提供の状況を確認しておこう。ビュッフェ形式なのか、弁当やパック製品なのか。足りないときの対策(補食など)をあらかじめ考えておくこと。
そのためにも、日頃から自分の食事の適正量、体重の推移、体調、食事とパフォーマンスの関係性を知っておくことが大事。
事前に食事会場もチェック。座席数が少ないと食事を摂るまでに時間がかかることも。食事時間がグループ分けされている場合は、普段のリズムで食事を摂れないこともありうるので、最悪の状況を想定して栄養補給を考えておきましょう。

(3)制限される中でも食べる楽しみをプラス

おすすめは自炊。おいしいものが出来た時はうれしくなるもの。例えば、ご飯だけは毎日炊くようにして、おにぎりを作って補食にしたり、具だくさんみそ汁を保温ポットに詰めて持っていき、ご飯やおかずはコンビニで買ってランチにしたりするのも立派な「手作り」です。
手を使うスポーツのアスリートは包丁の代わりにキッチンバサミを利用するのもOK。今は、便利な家電も販売されています。
ジュニアアスリートのいる家庭は、お子さんと一緒に作ってみてはどうでしょうか。楽しく料理をすることで食材の大切さ、作る大変さも自然と伝わると思います。

新しい生活様式の中で成長を

これらのことはあくまでも例に過ぎません。それぞれの状況に合わせた自己管理の方法を考え、コロナ後の新しい生活をポジティブに乗り越えてもらいたいと思います。それがアスリート自身の成長につながり、競技にもプラスに影響することを願っています。

食事提供側が必要な意識・対策

コロナ後は、事業者や家庭も「安心・安全」に食事を提供するため、次のようなことを意識する必要があると思います。

事業者側
HACCP(ハサップ=※)や国の衛生管理マニュアルに準じた衛生管理を継続しつつ、飛沫感染や接触感染予防対策を講じることが重要になってくる。また外部の業者にも同じようなルールの元、出入りを要請する必要があるだろう。限られたリソースで効率的に、安全に、かつ選手が望むものに近づける作業をするかが、事業者や栄養士の大きな役割になってくる。

家庭
調理前の手洗いの徹底、外での飛沫感染、接触感染を防ぐこと。家庭では楽しく食べることが一番重要である。なるべく家族そろって食べる時間を設けたり、適度な距離を保ちながらコミュニケーションを取ることで、家庭の食卓が選手にとって息抜きの場になるとよいのではないか。

鈴木里美(すずき・さとみ) 管理栄養士。幼いころから実家の家庭菜園で作られた野菜を食べて育ち、大好きな食の仕事に関わることを決意。食品メーカーで調味料営業の総合職を経験したのち、栄養士に転身。病院栄養士を経てプロ野球球団の管理栄養士として8年間栄養管理を行う。目に見えない栄養素を「食べ物」や「料理」に変える技術で選手の活躍に貢献したい、という思いを持ち現場で活動。献立作成から調理、指導までをマネジメントできるのが強み。現在はこれらの経験を活かしスポーツイベントの運営側として飲食提供計画に関わりつつ、ジュニア世代から高校生のアスリートを中心に栄養サポートを行っている。

※HACCP(ハサップ) 食品を製造する業者が行う衛生管理の手法。原材料の搬入から、製造、包装、出荷まで全ての工程で起こりうる食中毒菌汚染や異物混入等の危害要因食を分析し、その危険を回避するための衛生管理を科学的根拠に基づいて行う。それぞれの段階の衛生チェックポイントに基づき、検査・確認・記録する。

参考:改正食品衛生法で義務化された国際基準の「HACCP」とは