<忘れられない味(2)>
巨人のキャンプ地・宮崎市青島から車で20分強。清武町に胃袋と心を満たす“食卓”がある。
しちりんで地鶏を焼く「炭火焼きの鶏」。もともとは養鶏場を営んでいた夫婦が、朝引きの地鶏を提供する。メニューはシンプルだ。焼き物は地鶏の「塩」と「スタミナ」の2種類。締めの「おにぎり」。運が良ければ「ハツ」も加わる。店内は巨人を中心にソフトバンクなど選手のサインが並ぶ。
キャンプ取材中は野球関係者や地元客で連日の満席。なかなか予約が取れない。店を切り盛りするお母さんから「夫婦でやっているものですから、なかなか仕込みと準備がね。すみませんね」と申し訳なさそうに断られると、正直、何度も連絡しづらくなる。でも、やはり1度は食べたい。キャンプ休前日や週末を避け、なんとか席を確保できたときの至福感は言葉では言い表せない。
19年の春季キャンプ。巨人から広島に移籍した長野と訪れた。広島がキャンプを張る日南に出向こうかと提案をすると「『鶏』に行きましょう。あいさつもしたいので」。日南からタクシーで1時間。巨人時代から通う、なじみの店で再会した。
長野「ただいま!」
人懐っこくのれんをくぐる長野を、お母さんは「お久しぶりです。お体は大丈夫ですか?」と優しく迎え入れた。瓶ビールをたしなみながら率先して焼き手を買って出る。いつもの光景だが、わずかな変化は、はしをもつ手にあった。
「見て下さいよ。これ。こんなところにできたことないですよ」と手のひらがマメだらけだった。同僚になった若き主砲の鈴木誠を「音が違う。メジャーリーガーみたいですよ。恥ずかしいから隣で打ちたくないんですよ…」と紹介した。
塩から始まり、にんにくだれが効いたスタミナへと進む。追加でもう1周。そのころになるとあ・うんの呼吸でおにぎりが配膳される。スタミナ用のタレをたっぷりとつけて、そっと網の上へ。炭火でじっくりと焼き上げた焼きおにぎりもノー文句で絶品だ。
10年ほど前だろうか。2軍で若かりし頃の巨人野間口、西村としちりんを囲んだ。
記者1年目の後輩記者を快く迎え入れてくれた野間口は「俺は中学のときに、1度だけ頭を丸めたことがある。当時の監督に『頭を丸めたら背番号1をやる』と言われた。やっぱり背番号1がほしかった。迷いはなかった」。勝負に必要な荒々しさを身につけたエピソードを熱っぽく披露した。西村はただただ寡黙に先輩の話にうなずいていた。翌日、記者1年目の後輩は耳に掛かっていた髪を短く刈り込んだ。
気がつけば「木挽」のボトルが底をついた。キャンプでどんな練習をしているのか。どんなシーズンにしたいのか。オフにどんなことがあったのか。炭火を囲む憩いの時間は、選手と記者の取材の場でもあり、記者にとっても思い出深い場でもある。球春到来には欠かせない“パワースポット”が「炭火焼きの鶏」だ。(つづく)【為田聡史】
◆「炭火焼きの鶏」宮崎市清武町加納甲1368の1
(2020年10月2日、ニッカンスポーツ・コム掲載)