<忘れられない味(5)>
「ニンニク入れますか?」「野菜少なめ、アブラ、カラメ、ニンニク増し増しで」。よどみないレスポンスが当たり前となった。近所だったこともあり、大学時代から通い始め、10年以上の時がたつ。神奈川・川崎市多摩区の「蓮爾(はすみ)」。いわゆる「二郎系」「二郎インスパイア」と呼ばれるラーメン店だ。
何といっても特徴は、自家製の極太麺。うどんより太い? 最初はすすれなかった。デフォルト(何もしない状態、ごく普通)で硬め。自然とあごが鍛えられたものだ。
スープは微乳化の“しょっぱ甘”。その上に山盛りの野菜、ブロック状のチャーシュー、いや肉塊か。ニンニク、アブラ(背脂)が“搭載”される。野菜、ニンニク、アブラ、カラメのトッピングは、増減可能で着丼前に聞かれる。「野菜増し増し」をリクエストしたならば、まさに目の前に“山”がそびえ立つ。
「二郎系」。言わずもがな、量が多い。麺量はミニラーメンで約270グラム。小で約370グラム。大は自己申告制。いつも「大」の食券を購入し「600グラム」とお願いし“凶暴麺”と格闘する。目の前で1キロを頼む客を見て、はしが止まったことが懐かしい。総カロリーは諸説あるが、成人男性の1日に必要な摂取カロリーと同等の約2000キロカロリーといわれる。
簡単に、この極太麺にたどり着けないのも特徴だ。並びは必須で、行列が絶えない。1時間並ぶことは当たり前。1時間30分以上並んだこともある。もともと遊園地の並びもダメだった自分だが、汗が止まらない夏場でも、手がかじかむ真冬でも、1杯のラーメンのために並びに加わっていた。新型コロナウイルスの影響で状況はだいぶ変わったが、食事することに覚悟を持った店はここが初めてだった。
そんな「蓮爾」での並びの経験が、記者の仕事に生きようとは-。
13年10月28日。「打撃の神様」で巨人「V9監督」の川上哲治氏が亡くなった。入社1年目の自分に課せられた仕事は、川上邸へ弔問に来る球界関係者への取材。とはいえ、いつ来るかも分からない。近隣の迷惑にならないよう、脇道に新聞紙を敷き、ひたすら関係者の来訪を待った。朝9時ごろから、夕方までだったか…住宅地のため、周囲に飲食店はおろか、コンビニもない。
数日間、その仕事に専念した。今思えば大変な仕事だが、気は楽だった。「自分はラーメン1杯のために、1時間以上も並べる」。意味不明な自負があった。川上邸での張り込みは7、8時間コースだったが、日常の一部だと思えた。記者は「待つ」仕事が多い。空振りも多い。それでも大丈夫。自分は目の前の客で、麺切れを度々味わっている。この仕事も気付けば7年目。極太麺のおかげで、我慢強く「待ち人」を待ち続けられる。(つづく)【栗田尚樹】
(2020年10月7日、ニッカンスポーツ・コム掲載)