いつの時代でも、選手の活躍の陰には支えとなった食事がある。14年ソチ五輪フィギュアスケート男子シングルで日本男子初の金メダルを獲得した当時の羽生結弦を支えたのは「鍋」だった。
大会直前、羽生は「今季は風邪もひいてないし、故障もない。体調は大丈夫です」と誇らしげに話していた。これまでは故障も含めた体調不良に悩まされた。13年は1年のうち3カ月以上も万全な練習ができなかった。
その原因は、極限まで脂肪が削られた肉体。体脂肪率は3、4%で、細身の体は回転軸が細ければ細いほど高速回転ができ、ジャンプの安定につながる。半面、体の抵抗力が弱かった。スケート靴の硬さに、筋張った足首のくるぶしの外側に水がたまりやすく、抜いてはたまっての繰り返し。そんな体調が劇的に変化したのが13-14年シーズンだった。
極端に言えば、これまでは一口食べて「ごちそうさま」。すし、焼き肉が好物だが、それは自分の量だけを取り分けられるから。小食は体質だと思っていた。筋肉量は減り続け、ソチ五輪前年の1年間で3キロ以上も痩せた。
改善のきっかけは「うま味調味料」だった。
日本オリンピック委員会(JOC)が主導するプロジェクトで羽生の体調管理を担当する栗原秀文さんが振り返る。「ごちそうさまをしてからも、調味料をなめていた。グルタミン酸ですから、胃腸が食事を欲しているというのを本人は感覚的に分かっていたんです」。普通の人より、胃腸の動き始めが遅い体質だったことは、調べてみて分かった。これが「食が細い」と思い込んでいた原因だった。
13年10月、胃腸の動きをスムーズにするために鍋物を中心に食事を変えた。効果はてきめんで、ゆっくりと、しっかりと食事を取れるようになった。健康を維持でき、過酷な連戦となった今季も、万全な状態で五輪までたどり着けた。
3日にソチに来て、唯一のオフを取った団体戦男子SP翌日の7日。選手村での楽しみを聞かれると、「和食を食べました。鍋ですね」と満足げに話す姿があった。【阿部健吾】