全国でも珍しい農業科と商業科を持つ神奈川県立相原高校の野球部は2022年、学校で収穫した食材を使った「豚汁」の補食作りから始動した。大正時代に県立農蚕学校として開校した伝統校は、2019年に新校舎が完成し、広大な農園とモダンな校舎が併設された「都市型農業高校」を代表する存在になっている。「自給自足」な食育と野球普及への取り組みを取材した。

学校で採れた食材で豚汁作りに挑戦

グラウンド開きが行われた1月6日、女子マネージャーの根岸莉奈さん(2年)、内山愛美さん(2年)の“初仕事”は補食の豚汁作りだった。家庭科実習室のキッチン台の上には朝、収穫したばかりの大根、ネギ、ホウレン草と加工豚肉「あいはらポーク」が並ぶ。どれも畜産科学科の生徒たちが育てた新鮮な食材だ。

校内の農園で取れた朝摘み野菜と、畜産科学科名物「あいはらポーク」を使って豚汁作りに挑戦
校内の農園で取れた朝摘み野菜と、畜産科学科名物「あいはらポーク」を使って豚汁作りに挑戦

「2022年は、学校で採れた食材を食べて、野球部をスタートさせよう」。

慣れない手つきで調理台の前に立つマネジャーの根岸さん(左)。家庭科教諭の那須野監督から切り方を教わる
慣れない手つきで調理台の前に立つマネジャーの根岸さん(左)。家庭科教諭の那須野監督から切り方を教わる

家庭科教諭でもある那須野恭昂監督(30)の発案で、女子マネージャー2人が「ほぼ初めて」という調理にチャレンジし、「いちょう切りってどう切るんだっけ?」「豚肉のカットってこのくらいでいいの?」と大苦戦。那須野監督から調理の手ほどきを受けながら、ゴマ油の隠し味が効いたおいしい豚汁が完成した。

豚バラ肉をゴマ油で炒めるのが相原流豚汁。那須野先生秘伝の隠し味入りです
豚バラ肉をゴマ油で炒めるのが相原流豚汁。那須野先生秘伝の隠し味入りです

那須野監督は「相原は、食を通じた地域密着を行っている学校。食という字は『人を良くする』と書きますし、学びは野球にもつながります。自分の学校で作った食材ですから補食のありがたみも違うはずです。マネージャーにも調理を好きになってもらいたいですね」と体作りを通じた「食」の意義を選手たちに説いている。

横浜国立大時代に母校海老名で学生コーチを務めた経験を生かし、少人数チームの中で野球の価値を伝えている那須野監督。「応援されるチーム作り」がモットーだ
横浜国立大時代に母校海老名で学生コーチを務めた経験を生かし、少人数チームの中で野球の価値を伝えている那須野監督。「応援されるチーム作り」がモットーだ

昨秋は7校連合で公式戦1勝

野球部は現在、選手6人、マネージャー2人の計8人という小規模チームだが、選手たちの野球にかける思いは熱い。梅津悠斗主将(2年)は「人数が少ないからこそ、全員野球で勝つことが大切。1勝の喜びは大きい」と話す。

雪の中で行われた今年の初練習は正月気分を一新! 短距離ダッシュや体幹など体力トレーニングを行った
雪の中で行われた今年の初練習は正月気分を一新! 短距離ダッシュや体幹など体力トレーニングを行った

昨年8月の秋季大会北相地区予選では、津久井、厚木清南、相模原総合、愛川、中央農業、相模向陽館とともに7校連合チームで挑み、厚木東戦では12-5の8回コールド勝ちを収めたが、県大会出場を逃した。この悔しい経験を、今年の春・夏の大会で生かすつもりだ。

「今年は飛躍するぞ!」。2021年春に新調したユニフォームはオリックスバファローズモデル。12年ぶり夏1勝を挙げた2020年夏を越える成績を目指す相原野球部
「今年は飛躍するぞ!」。2021年春に新調したユニフォームはオリックスバファローズモデル。12年ぶり夏1勝を挙げた2020年夏を越える成績を目指す相原野球部

梅津主将は「連合チームもいいですが、日ごろからコミュニケーションが取れている単独チームの方が、やっぱり意思疎通が図れてやりやすい」と言う。春に最低3人、できれば5人の新入部員を確保することが目標で、那須野監督は野球部ホームページとツイッターを開設し、部の魅力を発信し続けている。1番のPRポイントは「両翼110m、中堅150mもある広大な共用グラウンドで伸び伸びと打撃練習ができるところ」。もちろん、野球初心者も歓迎だ。

「おいしいです~!」。選手たちは冷えた体を温めてくれる豚汁のおいしさをしみじみと実感中
「おいしいです~!」。選手たちは冷えた体を温めてくれる豚汁のおいしさをしみじみと実感中
初めての豚汁作りは大成功。何度も味見をしながらみそを調節した甲斐がありました
初めての豚汁作りは大成功。何度も味見をしながらみそを調節した甲斐がありました

未就学児向けのティーボール教室を開催

1月30日には相原を会場に、上溝南、上鶴間、相模原弥栄と4校合同で未就学児童向けの「親子ティーボール体験会」を実施する。高校球児が園児たちに野球の楽しさを教えるという試みで、日本高野連が2018年に宣言した「24の高校野球200年構想」を実践するもので、現在参加者募集中だ。

「教えることは自分の知識の再確認にもなる。選手たちにとっては初めての経験になるので、どんな化学反応が起こるか楽しみです」と那須野監督。高校から野球を始めた田中駿瑛選手(2年)は「打つ、投げるという動作は意外とできる。野球を初めてやったときの気持ちを思い出しながら楽しく教えたい」と胸を躍らせる。「野球の楽しさを知ってもらう機会なので、親子で気軽に参加して欲しいですね」と選手全員が、園児との出会いを楽しみにしている。

今年のチーム目標は左腕エース重原然(1年)を軸として「単独チームで、県大会ベスト16入り」だ。2023年に創立100周年を迎える相原が、食を学び、野球普及にも挑戦しながら「魅力ある野球部」へ進もうとしている。【樫本ゆき】

農業高校の甲子園」

畜産科学科の鶏卵「相原牛乳」「相こっこ」を使った商品は、プリンの「葉山マーロウ」などと共同開発され、高島屋のお中元「わが町横浜・神奈川ギフト」にも掲載された
畜産科学科の鶏卵「相原牛乳」「相こっこ」を使った商品は、プリンの「葉山マーロウ」などと共同開発され、高島屋のお中元「わが町横浜・神奈川ギフト」にも掲載された

昨年11月、畜産科学科3年の小川さらさんが農林水産省後援の「農and食・第49回毎日農業記録賞」で全国トップの中央審査委員長賞を受賞し、「農業高校の甲子園」と言われる農業クラブの大会でも、運動部に負けない実績を残した。学内では畜産科学科、食品科学科、環境緑地科、総合ビジネス科の4科が連携して「相原ブランド」の商品開発を活発に行っている。週2回の生産品販売や月2回の畜産フェアでは鶏卵、精肉、野菜が完売するほどの人気で、消費者との距離が近い都市型農業高校の利点を発揮している。