<無月経に潜む骨の問題・下>

東京大学医学部附属病院女性診療科の産婦人科医師で日本スポーツ協会公認スポーツドクターの能瀬さやかさんをはじめ、多くの専門家が「利用可能エネルギー不足、無月経、骨粗しょう症の女性アスリートの三主徴は、疲労骨折などのケガのリスクを高める」と伝えてきたことで、最近では選手や指導者の意識も変わってきた。「この2、3年で女性アスリートが抱える問題への理解は格段に深まった」と、能瀬さんも一定の手応えは得ている。

とはいえ、能瀬さんは国立スポーツ科学センター(JISS)でサポートするトップアスリートには直接指導できるものの、「本来、最も教育したい10代選手、学校の部活動でスポーツに励む中高生に、直接介入できない」というジレンマも抱えている。

女性アスリートの三主徴の図
女性アスリートの三主徴の図

「スポ止め」と連携、「1252プロジェクト」で発信

昨年度まで2年間、東大病院女性診療科・産科はスポーツ庁の委託事業として、女性アスリートの育成・支援プロジェクト「女性アスリート支援プログラム」を担当した。女性アスリート健康支援委員会と連携し、選手、指導者、保護者ら7600人向けにオンラインセミナーを実施するなど、能瀬さんを中心に様々な啓発活動を行ってきた。

しかし、自発的に参加するのは意識の高い選手ばかり。無関心層にどう伝えていくか。その課題を克服するために、コロナ禍で発足した学生アスリートの支援団体「スポーツを止めるな」が展開し、元競泳日本代表・伊藤華英氏を中心とする「1252プロジェクト」との連携をスタートした。部活動レベルの中高生に直接関われない分、能瀬さんは自身の思いを託した。

「1年間52週あるうちの12週で、生理による不調を女性は感じている」というメッセージをプロジェクト名に込めた「1252」は、様々な手法で10代女子学生アスリートや指導者、保護者に正しい情報を発信することを使命とする。特筆すべきなのは、「スポーツを止めるな」の共同代表理事の最上紘太氏ら男性が加わり、男女一緒に学ぶスタンスをとっていることだ。

「1252プロジェクト」のYouTubeコンテンツ「TALK UP 1252」に出演する伊藤華英氏と能瀬さん(提供画像)
「1252プロジェクト」のYouTubeコンテンツ「TALK UP 1252」に出演する伊藤華英氏と能瀬さん(提供画像)

「1252」はまず、東大病院女性アスリー外来と連携し、YouTubeコンテンツ「Talk up 1252」を立ち上げ、「女性の体とスポーツ」をテーマにトップアスリート10人の生理にまつわる体験談を配信。多くの反響を呼んだ。また、女子学生アスリートや指導者の生の声を聞くためにアンケート調査を行い、現在まで10以上のチームや学校などに出張授業やオンラインセミナーを行っている。

3月には、東大病院女性診療科・産科女性アスリート外来プロデュースの下、「スポーツ×生理の新しい教科書」をコンセプトとしたInstagram上の教育コンテンツ「1252 Playbook(プレイブック)」をリリース。目を引くビジュアルと、キャッチーなコピーでインパクトを与え続けている。連携2年目となる今年度も、より多くの人にアプローチできるよう新展開を計画しているという。

「1252 Playbook」から(提供画像)
「1252 Playbook」から(提供画像)

コロナ禍で低体重や摂食障害も増加

利用可能なエネルギー不足から無月経になり、女性ホルモンのエストロゲンの分泌量が減ると骨密度が低下し、骨がもろくなる。骨密度は20歳前後でピークを迎え、それ以降は増えることはない。骨が完成する10代に十分なエネルギーと栄養を摂り、月経周期を安定させることが、将来の骨粗しょう症予防になる。

今ではアスリートだけでなく、極端なダイエットによる低体重の女性が増えているといわれている。コロナ禍の不安やストレスから摂食障害を抱える若者が増えたというデータもある。利用可能なエネルギー不足の問題は大きくなる一方だ。

学校で系統立てて男女一緒に教育を

10代で骨密度を意識しない理由の1つに、身長や体重と違って測る機会がないということが挙げられる。骨の問題を数値で理解することがないだけでなく、それが月経と関係している可能性があるとは、思いもよらないだろう。

能瀬さんは「自分の異常に自分で気付くためにも、初経、月経痛、PMSや避妊の問題…と小中高と学校教育で系統立てて、世代ごとに必要な教育をより充実させるべき」と学校教育の中で、男女一緒に学ぶ機会を充実させるよう訴える。さらに、「学校で3~4カ月ごとにアンケートをとり、養護教諭がスクリーニングして校医につなげるといったような仕組みを早急に作るべき」とシステム作りにも言及した。

骨密度を最大限まで上げるのは親の役目

アスレシピはこれまでも、女性アスリートの健康上の問題に関する記事や、現場に携わる管理栄養士のコラムやレシピのコーナー「女性アスリート」を設け、女性アスリートが陥りやすい障害について、またそうならないための対策を紹介してきた。専門の管理栄養士を講師に招き、栄養セミナーを開催して学びの場も提供してきたが、今後も最新かつ正しい情報を伝えていく必要性を感じている。

そもそもほとんどの保護者が、学校教育の中で系統立てて体の問題を学んだ経験はない。となると、どうしても自身の体験談や聞きかじりの情報に惑わされてしまうことになる。

子どもが月経不順や無月経だったとしても「私もそうだったから、大丈夫」と放置していた、「産婦人科はハードルが高い。どのような診察を受けるのかが不安」「中学生にピルを飲ませても良いのか」といった疑問や不安から問題を先送りにしていたという声も聞く。また、思春期を迎えた娘との関係が微妙、SNSの情報を信じ込む子どもを論破できない、指導者の意見との狭間に悩んでいるなど、人間関係絡みの悩みも聞いた。

そんな中で保護者ができることは、多くの情報の中から正しいものを見極めること、子どもが将来悩まないよう無月経や月経不順になっていないか、よく見守ることだ。子どもの骨密度を最大限まで上げるのも親の役目の1つであり、親ができる食事サポートの目的の1つでもあるのだから。

子どもの状況を観察し、疑問や不安があったら専門医に相談してみよう。第三者から専門的な知識を得ることで、子ども自身も自分の体を考えるようになり、解決の糸口が見えるかもしれない。「もっと早く知っておけば…」「あの時、そうしておけば良かった…」の後悔を少しでも減らしてほしいと願っている。

【アスレシピ編集部・飯田みさ代】

・一般社団法人スポーツを止めるな 1252プロジェクト
https://spo-tome.com/1252-top/
・1252プロジェクト公式インスタグラム
https://www.instagram.com/1252project/
・YouTube「Talk up 1252」
https://www.youtube.com/playlist?list=PLa7LJJewGWJP3Gc0azsTXYSaCOgcfyBBW
・東大病院女性診療科・産科「女性アスリート外来」
https://www.h.u-tokyo.ac.jp/patient/depts/jyoseisanka/athlete/
http://femaleathletes.jp/
・女性アスリート健康支援委員会主催の講習を受講した医師一覧
http://f-athletes.jp/doctor/index.html