<だしと干しシイタケの科学>
皆さん、こんにちは。キッチンの科学プロジェクト(KKP)の「みせす」こと金子浩子です。野菜が高騰したときの主婦の味方は「乾物」。今回はその中から「干しシイタケ」について学びましょう。
含まれるうま味は「グアニル酸」
かつお節などの他のだしをとるときは、熱湯で戻すなど加熱抽出が主ですが、干しシイタケを戻す時は「冷水で」と言われます。その理由をご存じですか? 分からないけど、そう聞いたから、何となく…という方が多いのではないでしょうか。
それでは説明していきましょう。まず、干しシイタケに含まれるうま味は「グアニル酸」と言います。生シイタケにはほとんどない物質ですが、干しシイタケにする過程で増えて10倍以上にもなり、さらに水で戻し、加熱するときに生まれます。
生シイタケの細胞には、うま味の元であるリボ核酸(RNA)が含まれています。これを干して干しシイタケにすると、細胞が破壊されて中の成分、うまみの元が水に抽出されやすくなります。うまみの元は熱に弱いので、冷蔵庫で5時間以上、ゆっくり時間をかけて戻すのがポイント。これが「冷水で」と言われるゆえんです。
ただ、干しシイタケを戻しただけでは、グアニル酸は出ていません。戻し汁とシイタケを鍋に入れて70℃くらいに温めると、うまみの元が分解されてうま味が生じるのです。煮物など加熱調理をしている間に、うま味が出て、おいしくなると考えて良さそうです。
ぬるま湯、熱湯を使ったら?
それでは、戻すときに冷水でなく、ぬるま湯や熱湯を使うとどうなるのでしょうか。
ぬるま湯の場合、40~60℃で働く酵素(ヌクレオチド分解酵素)が活動し、せっかくのうま味が分解されておいしさが失われます。また、熱湯を使うと戻る前、つまり、うま味の元がお湯の中に溶け出す前に成分が変わってしまい、シイタケをふっくらと食べることができなくなってしまうのです。
*◆干しシイタケをうまく戻すポイント*
①大きめの保存容器に干しシイタケと冷たい水を入れる(硬水は使わない)。
②冷蔵庫に入れて5時間以上置く。ただし雑菌が繁殖し、えぐみが出るので2晩以下とする。
③戻し汁とシイタケごと鍋に入れて強火で加熱。
④ぷくぷく泡立ってきたら弱火にして10分程度煮詰める。適時、あくを取って出来上がり。
昆布、かつお節、煮干し、干しシイタケ
そもそも「だし」とはどういったものでしょう? 昆布やカツオ、肉・魚・野菜などに含まれるうま味を煮出した汁のこと(注1)で、日本には昆布、かつお節、煮干し、干しシイタケといった「4大だし」があります。昆布はうま味とコクの底上げをしてくれて、一緒に使うと味に深みと柔らかさが出るのが特徴。かつお節は強いうま味と芳醇な香りがあり、どれを使うかによって料理も変わってきます。
だしに含まれる何とも言えない深い味が「うま味」。以前のコラムで、それぞれの味には「私たちの体に必要かどうか」という栄養生理学的なシグナルがあるとお話ししましたが、うま味はアミノ酸(タンパク質)から、私たちの体を作ってくれる働きがあります。
「合わせだし」はなぜおいしいの?
さて、レシピの材料に「合わせだし」と書いてあることがあるでしょう。基本的にはかつおだしと昆布だしを合わせているものですが、なぜ合わせるといいのでしょうか。実は、うま味にも色々な種類があり、大きく分けると、「アミノ酸系」と「核酸系」に分かれます。
●アミノ酸系
グルタミン酸:植物に含まれる(昆布・トマト・お茶・長ネギ)
*●核酸系*
イノシン酸:動物に多く含まれる(煮干し・鰹節・豚肉・牛肉・鴨肉)
グアニル酸:主にキノコ系に含まれる(干しシイタケ)
グルタミン酸が主に植物に多く含まれるのに対し、イノシン酸は動物に多く含まれます。植物と動物、これらを合わせると、うま味の相乗効果でよりおいしくなるのです。
昆布とかつお節を合わせると、うま味は昆布だけよりも7、8倍に、昆布と干しシイタケを合わせると約30倍にもなることが近年明らかになりました。干しシイタケのグアニル酸を加えると、うま味がより強くなるのですね。
植物系の食材のみを利用する精進料理では、動物系のイノシン酸を使えません。そんな中で、よりうま味を引き出すために大きな役割を果たしたのが、グアニル酸でした。干しシイタケは日本の文化を支えてきただしの1つなのです。
「鴨がネギを背負って来る」ということわざは、うまいことが重なり、ますます好都合であることのたとえですが、まさに鴨はイノシン酸、ネギはグルタミン酸を含んでおり、合わせるとおいしさが倍増します。昔の方も、生活の知恵として「合わせだし」の良さを知っていたのかもしれません。
これらの合わせ技は、世界各国の料理にも生かされています。
中華:長ネギ・ショウガ×鶏肉
西洋:タマネギ・ニンジン・セロリ×牛すね肉
和食:昆布+かつお節・干しシイタケ
だしはおいしさを引き立てるだけでなく、減塩効果や塩味の増強効果もあります。ひと手間かけて、そのおいしさを味わってみませんか?
●毒キノコにもうま味が
赤に白玉模様が特徴、ゲームやマンガでよく描かれる毒キノコのベニテングダケ。含まれるイボテン酸は殺虫(蝿取り)にも使われる有毒物質ですが、イノシン酸と分子構造が極めて似ており、グルタミン酸の10倍ものうま味があるそうです。
●いまだ風評被害も
キノコは葉野菜に比べ、放射性物質を比較的ため込みやすい性質があります。野生で採取されるものもありますが、ほとんどが原木、菌床と安全性を確認しながら栽培されているものです。いまだ、福島を中心に風評被害が残っているそうです(消費者庁調べ)が、低カロリーで食物繊維、ビタミンDなどが豊富なキノコを積極的に摂りたいですね。
注1:だしは、煮出し汁から呼ばれるようになったと言われています。ちなみにフランス料理の味の決め手となる「ブイヨン」は、フランス語でだしの意味。
・子ども向け食育ボランティア団体「キッチンの科学プロジェクト(KKP)」代表・講師
・東京薬科大生命科学部卒/群馬大学大学院修士(保健学)。中・高校教諭一種免許状(理科)取得
・国際薬膳師・国際薬膳調理師・中医薬膳師。キッズキッチン協会公認インストラクター。エコ・クッキングナビゲーター