<アスレシピ特派員紹介>

アスリートフードマイスター2級の資格を持つ恩田美和さんは、この夏東京パラリンピックに車いすフェンシング日本代表として出場した夫の竜二さんをサポートしています。合宿やトレーニングで自宅を離れることも多い中、どのように工夫して食事作りをしてきたのか。そこには、私たちの毎日にもすぐ参考にできるアイデアが詰まっていました。【聞き手=アスレシピ編集部】

恩田美和さんと夫の竜二さん。ツーショットは恥ずかしいとのことでシルエットです
恩田美和さんと夫の竜二さん。ツーショットは恥ずかしいとのことでシルエットです

夫の夢を支えたい、資格取得に挑戦

夫の竜二さんは車いすフェンシングの日本代表として、この夏東京パラリンピックに出場しました。障がいの重いカテゴリーBに属し、初めての代表入りです。

もともとはバレーボールの選手として実業団でプレーしていましたが、勤務先での事故で脊髄を損傷。下半身にまひが残り、2015年に車いすフェンシングに転向しました。

「車いすになり、バスケやアーチェリー、水泳、テニスなど、さまざまな競技に挑戦しました。その中で、最初はテニスに打ち込んでいたのですが、障がいのクラス分けが少ないテニスでは、どうしても下半身に力の入る選手が有利。世界に出ることの難しさを感じていた時、私の知り合いの縁から車いすフェンシングに出会いました。その頃、東京パラリンピックの開催が決まり、本気で出場を目指そうとフェンシング選手としての競技生活をスタートさせました」。

美和さんがスポーツ栄養を学び始めたのもこの頃です。

「結婚するまでは全く料理をしたことがありませんでした。でも、やっていくうちにだんだん楽しくなり、食べやすさや栄養などにも目が向くように。そんな時に東京パラリンピックが決まり、夫が競技を変えてでも出場を目指すとなって、私も本気で頑張ろうとアスリートフードマイスターの勉強を始めました。2級はかなり専門的な内容で難しく、何度も挫折しそうになりながら、一生懸命勉強して無事合格することができました」。

アスリートフードを学ぶ前は、遠征から帰ると疲れで2~3日は熱を出して寝込んでいたという竜二さん。ところが資格を取り、食事を変えたところ、寝込むことがなくなりました。

「身を持って実感してからは、私の話もよく聞いてくれるようになりました。ただの主婦と、有資格者とでは説得力も違うのかな(笑)。合宿先のコンビニで食事を買う際にも、自分なりに考えて選んでいるようです」。

遠征先でも手作りの食事を

竜二さんはパラリンピック前、合宿やトレーニングなどで遠征が続き、1年の半分以上は自宅にいない生活を送っていました。遠征先に美和さんは帯同しないため、食事面で工夫していたのは手作りの食事を持たせること。

「少し前にジャーサラダが流行りましたが、ジャーは瓶もふたも煮沸消毒でき、完全密閉できるので、衛生面に配慮して作れば3~5日は保存ができます。遠征前にはまとめて作り、持って行ってもらって最初の5日ほどは手作りの食事がとれるようにしていました」。

遠征に持って行ってもらったジャーサラダ。傷まないよう、作る時にも衛生面には十分気をつけました
遠征に持って行ってもらったジャーサラダ。傷まないよう、作る時にも衛生面には十分気をつけました

パラリンピック前には、海外を拠点に活動しているチームメートにも食事を差し入れました。

「大会前に帰国すると、ホテルでの隔離期間があります。その間は外食ができないため、配達などでまかなっていたのですが、メニューの選択肢も限られますし、体調面の心配も。そこで、さまざまなおかず類を冷凍し、ホテル宛てに送りました。ホテルには包丁もないので、フルーツ類もすぐ食べられる状態にして送り、とても喜んでもらえました」。

ホテルで隔離生活を送るチームメートに差し入れた料理
ホテルで隔離生活を送るチームメートに差し入れた料理

ホテルには包丁もないので、フルーツはすぐに食べられる形で冷凍。おかず類は電子レンジで温めて食べてもらいました
ホテルには包丁もないので、フルーツはすぐに食べられる形で冷凍。おかず類は電子レンジで温めて食べてもらいました

一汁三菜がベース、嫌いな食材も工夫して

普段の家での食事は「一汁三菜」を基本に作っています。

「アスリートフードマイスターでは、一汁三菜をベースに食事を整えようと習います。なるべくそれに沿って作りますが、どうしてもできない時は丼やおにぎりにすることも。その代わり丼の具材は彩りよく、おにぎりには具だくさんの汁物を添えてバランスを取るようにしています」。

ブリの照り焼き、ニンジンの煮物、豚しゃぶとカラーピーマンのサラダの献立
ブリの照り焼き、ニンジンの煮物、豚しゃぶとカラーピーマンのサラダの献立

丼にする時は、野菜も盛り込めるビビンバをよく作ります。色とりどりにすることで、とれる栄養素も豊富に
丼にする時は、野菜も盛り込めるビビンバをよく作ります。色とりどりにすることで、とれる栄養素も豊富に

おにぎりには具だくさんの汁物をつけてバランスを取ります
おにぎりには具だくさんの汁物をつけてバランスを取ります

食事作りで意識しているのは、栄養素の食べ合わせです。

「効率よく栄養素を吸収させたいので、食べ合わせには気をつけています。例えば、鉄は吸収率の低い栄養素だから、ホウレン草を使う時には必ずレモンを搾ってビタミンCと一緒にとるとか、サケならキノコと小松菜を組み合わせてカルシウムの定着を促すなど、コンビをいくつか決めておくと作りやすいと思います」。

牛しゃぶサラダと高野豆腐の煮物の献立。汁物には、その時に必要だと思う食材を入れるようにしています
牛しゃぶサラダと高野豆腐の煮物の献立。汁物には、その時に必要だと思う食材を入れるようにしています

シニアアスリートならではの悩みもあります。

「食べても食べても消費される成長期とは違い、シニアはやはり食べ過ぎると太ります。障がいがあると代謝がよくないこともあります。夫は好き嫌いも多いのですが、いろいろな栄養素をとって初めて体の中でうまく機能するので、嫌いなものも食べてもらえるように工夫しています」。

好き嫌いのある食材を出す時は、次のような工夫をしているそうです。

おかずは大皿盛りにせず、小鉢に盛って食べた量がわかるようにする
野菜類はご飯に混ぜる
ミキサーにかけてソースなどにし、野菜が入っていることがわからないようにする

恩田さんの投稿から。エビ塩チキンナゲット
恩田さんの投稿から。エビ塩チキンナゲット

アスリートの食事は無理なくゆる~く取り組んで

チームメートや、スポーツを頑張るお子さんの保護者に食事の話をする機会もありますが、そんな時はとくに保護者の熱量の高さを感じるといいます。

「親御さんの方が熱心になって、『おかずをいっぱい並べなきゃ!』『残さず食べさせなきゃ!』と自分を追いつめてしまう人が多いように感じます。食事は、結果が出るまでに時間がかかるもの。それだけに、まずは続けていくことが大事です。お腹を壊さないようにだけ気をつけて、無事試合に出られればOK! というくらいのゆる~い気持ちで、食事を楽しんでほしいと思います」。

毎日の食事作りを楽にする、おすすめアイテムも教えていただきました。

「一番のおすすめは、ニラとアサリの冷凍ストックです。冷蔵だと傷みやすいニラは、生のままざくざくと切って、保存袋に入れて冷凍しておきます。小さめの袋にパンパンに入れ、少し空気を残して封をするのがポイント。こうすると、固まってから袋を軽く振るだけでバラバラになり、使いたい分だけを取り出すことができます。アサリは砂抜きしてから殻をこすり洗いし、水けをきって保存袋に入れ、空気を抜いて冷凍します。料理にちょっと栄養をプラスしたいなという時に、とても便利ですよ」。

パラリンピック後、竜二さんはしばらく競技をお休みして、所属先の会社の仕事に専念しています。今は毎日一緒に夕ご飯を食べられるのが幸せと話す美和さんの笑顔に、心がほっこり温かくなりました。