<アスレシピ特派員紹介>
特派員、認定アンバサダーの松山雛子さんは、スピードスケートショートトラックの現役アスリートです。大学時代、ジュニアナショナル強化選手として参加した合宿をきっかけに食への意識が変わり、在学中にアスリートフードマイスター1級の資格を取得しました。将来はアスリートに限らず、すべての人のパフォーマンス向上に役立つ仕組みを作りたいと話します。【聞き手=アスレシピ編集部】
疾走感あふれる姿に魅了、スピードスケートの世界へ
幼い頃から好奇心旺盛で、さまざまな習い事をしてきたという松山さん。小学4年の時に始めたのがフィギュアスケートでした。
「私が通った教室は、レベルとともにクラスが上がっていくスタイル。一番上のクラスまでくると、選手コースか一般コースを選びます。私はフィギュアの選手になりたいという気持ちはなかったため、さらにスキルアップできる環境を求め、さまざまなリンクを見学して回りました」。
その中で、偶然目にしたのがショートトラックの練習風景でした。疾走感あふれる姿に、瞬時に心を奪われたと言います。
「かっこいい! 私もやりたい! と、すぐに入部を決めました。12歳の時です」。
ほどなく頭角を現し、中学時代にはtoto(スポーツ振興くじ)主催の新人発掘事業や日本スケート連盟の強化選手に選出。合宿などでスポーツ栄養を学ぶ機会にも恵まれました。
「高校生の時にはJISS(国立スポーツ科学センター)の栄養サポートで、アスレシピにも記事やレシピを提供している管理栄養士の田澤梓さんに指導を受けました。初めて1対1で栄養サポートをしていただいたので、とても印象に残っています」。
大学生になるまで大きなケガや病気もなく、競技力に不安を感じたこともありませんでした。そのため、食事を何とかしなければといった課題感なく過ごしていました。
「競技を始めた頃から、補食を含めて1日に7回ほど、家族が作ってくれる食事をしっかりとっていました。補食を活用した分食や、消化を考慮して練習時間から逆算した食事摂取、練習後すぐの補食など、誰かに教わったわけではありませんが、自分の体に素直な食べ方をしていたことが、結果的に理に適っていたと後からわかりました。細かい栄養素の知識がなかったからこそ、科学的エビデンス、いわゆる一般的な正解を目指した思考ではなく、自分の体に素直に食事がとれていたことは良かったと思っています。身長も、小学生の頃は背の順で一番前だったのが、165cmまで伸びたんですよ」。
食事への意識が大きく変わったのは、大学1年で参加した日本スケート連盟のジュニア強化選手のカナダ合宿でした。
「この合宿は、管理栄養士とも密に連携され、帯同コーチが管理栄養士考案のメニューを毎食調理、提供してくれていました。すると、不調ではないけれども、調子の良さもわからなかった状態から、余すところなく体を使えているという感覚を抱き始めました。『日本代表として世界大会でメダルを取る』ということが、夢から目標に変わったのもこの時です。さらに練習の質を上げ、競技力を高めていくためにはどうしたらいいか。そう考えた時、食事についても教わるだけではなく、主体的に学んでいこうと思ったのです」。
帰国するとすぐに本や論文を読み、スポーツ栄養学を専門とする教授の元にも足を運びました。学んだことを実践しながら、自分に合う方法を模索。大学在学中にアスリートフードマイスター1級の資格を取得し、3年時にはナショナルチームにも選出されました。
正しいスポーツ栄養の知識を広めたい
大学は競技面からではなく、学びたい分野を重視して選んだそうです。
「ジュニア時代から海外遠征などで、さまざまな国の選手と接点がありました。自国の文化だけではなく、ほかの国の文化も学ぶことで広い視野を持てば、さらに深く交流できるのではないかと考え、立教大学社会学部を選びました」。
大学では種目は違えど、スポーツを頑張る友人にも恵まれました。それぞれが真摯に競技に取り組み、食事とも向き合う姿を見て、気づいたことがあります。
「トップを目指すアスリートであっても、情報は自分で検索して得ていることが多く、正しいスポーツ栄養の知識はあまり広まっていないように感じました。私はジュニアの頃からスポーツ栄養に触れる機会があり、かなり恵まれていたと思います。あらゆる情報が簡単に手に入る時代ですが、メディアによって偏った内容になっていたり、断片的に仕入れた情報を信じてしまっていることもあります。本当に頑張っているアスリートだからこそ、正しいエビデンスに基く知識を得て、より活躍できるようになってほしい。スポーツ栄養の普及に携わりたいと考えたのは、このこともきっかけのひとつです」。
卒論では専攻の社会学的観点から、女性アスリートの食意識と健康課題をテーマに取り上げ、さまざまな競技の選手に食への考え方や、食事内容の変遷などをヒアリング。他者やメディアの外部情報から、どのような影響を受けて食事を選び、競技結果、病気や健康につながっているかを考察しました。そこからも見えてくることがありました。
「普段から努力を重ねているアスリートであるがゆえに、100%以上の突き詰め方をしてしまい、逆にコンディションを落としているケースがありました。例えばフィギュアや陸上など、体重に具体的な制限がない場合だと、どこまで減らしたらよいかわからなくなってしまったり、減らせば減らすほどよいと思い込み、過度に減量してしまうなどです」。
ストイックな人ほど、スポーツ栄養を学び始める時は注意が必要だと話します。
「科学的エビデンスを追い求めすぎて、自身の体から発する小さな声をキャッチする大切さを忘れてしまいがちです。私は、日々変化する体に素直に耳を傾け、対話しながら、その時の状態に合わせた食事をとることがパフォーマンス向上の鍵だと考えています。そういったことからも、1人1人に合った正しい情報の提供や、一緒に考えていける環境作りの必要性を感じました」。
皆の「食べたい」が詰まったレシピ
アスレシピで紹介するレシピは、アスリート仲間との会話からヒントを得ています。
「友人やチームメートと食べ物について話すと、『こんなものが食べたいけど、脂質が多いから食べられない』とか『今は試合前だから、タイミング的にこれは無理』など、さまざまな声が出てきます。そういう皆の『食べたい気持ち』に応えられるレシピを考えるようにしています」。
要望が多いのは、低脂質のレシピです。
「特に減量しているわけではなくても、練習の合間などで食事をとる時間が短い時や、食事全体のバランスで、補食や副菜では脂質を抑えたいなど、低脂質のレシピのニーズが高いですね」。
松山さん自身、ナショナルチームの一員として年間300日が合宿や遠征という生活を送ってきました。材料や調理設備が十分でなくても作りやすい点も大事にしています。
「材料は多すぎず、コンビニなどでも調達できるもの。加熱は火を使わず、電子レンジやトースターで作れるもの。料理が好きではない選手でも抵抗なく作れるものなども意識しています」。
アスリートに限らず、多くの人の健康に携わりたい
大学卒業後はIT企業に就職し、夢の実現に向け、着々と歩みを進めています。
「将来は、スポーツと食とテクノロジーを掛け合わせ、アスリートだけでなく、あらゆる人のパフォーマンス向上に携わっていけたらと考えています。受験生やビジネスパーソンなど、さまざまな夢や目標に向かって取り組んでいる方々が、最高のパフォーマンスを発揮できる世界が理想です。1人でも多くの人にスポーツ栄養の正しい知識を伝え、自分はこういうことをするとパフォーマンスが上がるんだということを実感してもらえるような仕組み(基盤)作りができたら嬉しいですね」。
競技者としては現在、痛めている部位のリハビリに取り組んでいます。
「目標としていたオリンピックやユニバーシアードの大会が終わり、今は治療に専念しています。しっかり完治させてから、競技活動を再開したいと思っています」。
アスレシピをご覧のアスリートにもメッセージをいただきました。
「よいコンディションを維持するために、私は『自分を俯瞰的に見ること』を実践しています。アスリートであれば、トレーニングをしていて『ん? おかしいな?』と感じる瞬間は経験があると思います。そういった違和感は原因がはっきりしないものも多いと思いますが、放置すると大きなケガなどにつながってしまうこともあります。そんな時、体温や体重を毎日測定して数値化しておいたり、定期的に血液検査を受けたりしておくと、原因を見つける材料になります。記録がストレスになるようなら、写真を撮るなどでもOKです。自分の状態を言語化することも客観視につながるので、トレーナーやコーチなど、身近な人に日頃から共有しておくのもいいと思います」。
また、取り組みの意図を明確にすることが、目標達成への近道と話します。
「食事でもトレーニングでも、何のためにやっているのかという意図を明確にすることが目標達成への近道だと感じています。アスリートは『何とかしなくては』とか『何とかしなければならない』と追い込まれてしまいがちですが、食事を楽しむ気持ちを忘れず、自分にとってのベストな方法を見つけてほしいですね」。
特派員・サポーターのレシピをまとめた「アスリートレシピ」
アスレシピでは、スポーツに励むお子さんや選手を食で支える特派員・サポーター考案のレシピをまとめた「成長期の子どものためのアスリートレシピ」を発行しています。
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