競走馬の調教師という仕事は厩舎全体を統括しながら管理馬全頭に責任を持ち、馬主、牧場関係者とも密に連携するなど業務内容は多岐にわたる。斎藤誠調教師(50)はその忙しいかたわら、子どもたちに向けた厩舎作業体験イベントなどを発案し積極的に行っている。自身がホースマンを志すきっかけから、未来の競馬産業を支える子どもたちに向けたイベントへの思いなどを語ってくれた。【井上力心】
動物が大好きな酒屋の息子
他業種同様、競馬産業においても将来の人材確保は重要な課題だ。そんな中、競馬界全体や将来を俯瞰(ふかん)し、馬に関わる仕事を職業選択の1つにしたいと強い思いを持って、厩舎作業体験イベントの発案など積極的に活動するのが斎藤誠調教師だ。
自らは酒屋さんの息子として、競馬とは無縁の家庭に生まれた。犬や鳥を飼ったり、ザリガニ取りに行ったりととにかく動物が大好きな少年だった。自然と動物に触れる職に就きたいと考えていた。父と訪れた近くの中山競馬場で、間近で馬の走る姿を見て感銘を受け、騎手を志した。
斎藤誠師 騎手課程を2回受験したんですが通らず。それでもやっぱり馬の仕事をやりたくて、馬の世話ができる仕事を自分で調べ尽くしました。そこで騎手と同じく重要である調教師という仕事を知りました。そこから生産牧場に3年間勤務し、馬が生まれる前の人の流れや動きを学べましたし、1頭の馬にたくさんの人が携わっていて思い入れがあるかどうかがすごく感じられました。
息子の新騎手も物心ついた頃から自然と馬に触れて興味を持ち、乗馬を始め騎手となった。好奇心旺盛で吸収力の高い子ども時代の経験は心に深くとどまるもの。馬とのふれあいを子どもたちにももっと身近にしたいと考えている。
斎藤誠師 ファンの厩舎見学ツアーをやったのですが、「1頭の馬がレースに向かうのにいろんな人の手がかかっていることを知った」という反応が多かったんです。それを子どもたちに当てはめればいろいろと感じてもらえるきっかけになるのではないかと思い、厩舎体験会を始めました。子どもの頃に見るもの、体験するというのはものすごく大切だと思います。獣医師、騎手、調教師、厩務員、調教助手など馬に関わる仕事をどんどんメジャーな職業にしたいですし、我々がどんなことをしているかもっともっとオープンにしたい。まだまだ馬に触れるというのはお金もかかることで、まだまだハードルは高いです。今はコロナ禍でイベントもできない状況ですが、可能な限り子どもたちに馬に触ってもらえる機会を今後も作りたいと思っています。
大切な子どものころの体験
厩舎の主である多忙な調教師という仕事を全うしながら、競馬産業の発展を考え、馬の魅力、そして馬に関わる仕事の魅力を伝える活動を今後も継続するつもりだ。最後に馬の魅力、馬の仕事を目指す子どもたちへのメッセージを贈ってくれた。
斎藤誠師 馬は体は大きくても犬などと一緒で人間と世界を共有することができる。怒る時は怒り、褒める時は褒める。自分たちが心を通わせれば馬にもしっかり気持ちは伝わりますし、信頼関係を持てると思います。セラピーで使われることもあるように心優しい動物ですしすごくいいパートナーになり得る存在です。子どもたちにはやりたいという気持ち。馬に触りたい、乗りたいという気持ちを大切にしどんどん挑戦してもらいたい。馬に携わる職業を自分で調べることも大事だと思います。自分としても情報を提供、公開して1人でも多くの馬好きな人をつくりたいと思います。自らの努力次第で上に行ける世界です。周囲への感謝の気持ちを忘れず情熱を持って取り組んでみてください。
◆斎藤誠(さいとう・まこと)1971年(昭46)4月7日、千葉県生まれ。競走馬の生産牧場で勤務後、93年1月に競馬学校厩務員課程に入学。同年7月から美浦・前田禎厩舎の調教厩務員となり同厩舎、相沢厩舎、清水英厩舎での助手を経て06年から調教師に転身した。JRA・G1勝利はヌーヴォレコルトで制した14年オークスなど計2勝。長男の新騎手は、13年の全国ポニー競馬選手権「ジョッキーベイビーズ」で優勝し、現在はJRA騎手として活躍する。
(2021年3月27日、ニッカンスポーツ・コム掲載)