世界レベルの体操選手は、感覚・運動・注意・情動など体操競技の技に関わる脳の領域を結ぶネットワークが、一般の人と異なる特徴があることが分かったと、順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科の冨田洋之准教授(2004年アテネ五輪体操男子団体金メダリスト)らの研究グループがこのほど発表した。
近年のスポーツ科学は、一流のアスリートの鋭敏な感覚、精密な運動制御能力、的確な状況判断を行う意思決定能力、強い意欲などの優れた脳機能に注目。これらは長期にわたる集中的な運動トレーニングによって得られた神経可塑性(脳が学習する仕組み)に基づいていると考えられるようになっている。
この研究グループは2020年11月には、世界レベルの体操選手の脳のある領域の体積は、一般人に比べ大きく、競技成績に相関することを世界で初めて報告しており、今回も体操選手を対象に研究を進めた。
今回の研究では、世界大会で活躍した現役日本人体操選手10人と体操競技の経験がない健常者男性10人を対象にMRI(磁気共鳴断層撮影)で脳の3次元画像を撮影し、競技能力と脳の神経接続の関連について違いを比較した。その結果、体操選手は一般の人と比べて、感覚・運動、記憶や自己認識、注意、視覚、情動といった体操競技に密接な関わりのある機能を司る脳領域間の神経接続が強くなっており、さらに、これらの神経接続のうち、いくつかの接続が床運動、平行棒、鉄棒のDスコアと有意な相関関係があることが分かった。
具体的には、床運動は「空間認識、平衡・姿勢感覚、運動学習」などを司る脳領域を結ぶ神経接続と、平行棒は「視覚運動知覚、手の知覚を含む感覚運動」などを司る脳領域を結ぶ神経接続と、鉄棒のDスコアは「視空間認識、エピソード記憶、意識、視野内の物体認識」と関連する脳領域を結ぶ神経接続と、それぞれ有意な正相関が見られた。
以上のことから、世界レベルの体操選手は体操競技と密接に関連する脳機能を支える特殊な脳ネットワークが構築されていると結論づけ、競技力をさらに高めていくためには、視空間認識、視覚運動知覚、運動学習など、体操競技と関連する脳機能の向上が重要だとした。
この脳ネットワークの特徴が長期間の集中的なトレーニングによるものなのか、生まれつき各個人が有している特徴なのかはまだ分かっていない。ただ、この脳ネットワークを評価することにより、体操競技の種目適性やトレーニング効果の客観的評価に役立つ可能性があるとしている。
本論文はJournal of Neuroscience Research誌オンライン版に2021年7月10日に公開された。