東京オリンピック(五輪)で連覇が期待されていた体操女子米国代表のシモーネ・バイルズ(24)がメンタルヘルスを理由に団体戦決勝を途中棄権したことにより、アスリートのメンタルヘルスが一段と注目されるようになってきた。
女子テニス世界ランキング2位で東京五輪にも出場した大坂なおみ(23=日清食品)がメンタルヘルスを理由に、全仏オープンでの記者会見を拒否したことを想起した人もいるだろう。大坂は、2018年全米オープンでグランドスラム(4大大会)初優勝を果たした後、うつに苦しむようになったとSNSで明かしている。
リオデジャネイロ五輪で4つの金メダルを獲得して「絶対女王」と言われたバイルズも、ここ数年はメンタルヘルスを保つため定期的にセラピストのカウンセリングを受けていた。バイルズのカウンセラーは、「最強でいることへの期待は、彼女の神経系、脳、そして身体にとって大きな負担だった」と明かしている。
東京五輪でメンタルヘルスについて声を挙げたのは、バイルズだけではない。またその理由も勝利への重圧にとどまらない。
100m男子平泳ぎなどで2個の金メダルと銀メダルを獲得した英国の競泳代表アダム・ピーティは、メダル獲得後にメンタルヘルスを理由に休養に入ることをSNSで宣言。「過去7年間で平均すると休養は年間2週間程度しかとっていない。しかし、残念なことに、世の中には選手以上に選手のことを知っていると思っている人がいる」とつぶやいた。
同性愛者であることやリオ五輪後からメンタルヘルスに苦しんできたことを公表している砲丸投げの米代表レイブン・ソーンダースは、銀メダルを獲得した表彰台で両腕を上げて頭上で交差させる抗議デモを行い、「抑圧されているすべての人が出会う交差点」を表現。「黒人、LGBTQコミュニティ、メンタルヘルスの問題を抱えているみなさんに感謝を!」と語り、自身と同じ問題を抱える人々にエールを送った。
コロナ禍で1年延期の末に開催された東京五輪は、いまだかつてないほど多くのアスリートが心の問題について問題を提起した。彼らがメンタルヘルスとどう向き合っているのか紹介しよう。
五輪出場選手のメンタルヘルスへの向き合い方
●柔道63キロ級金メダリスト、クラリス・アグベニュー(フランス)
新型コロナウイルスの感染が拡大した昨年3月、「いつトレーニングや試合が再開できるか分からない不確実な状況に対応するのはとても難しい。日々を生きる方法、不確実性に耐える方法を学んでいるが、簡単なことではない」とSNSに投稿。
●競泳女子800m、1500m自由形金メダリスト、ケイティ・レディッキー(米国)
「メンタルヘルス、フィジカルヘルスは非常に重要で、五輪選手もそれは変わらない」
●陸上男子200m銅メダリスト、ノア・ライルズ(米国)
「メンタルヘルスは人生の一部。体が大丈夫かどうか確認するために医者に行くのと同じように、心が大丈夫かどうか確認するためにセラピストを訪ねたり、誰かに話を聞いてもらったりする。私のように何か言うことや新しい旅を始めることに怖がっている人が世の中にはたくさんいる。でも『気分が悪くても大丈夫だ』ということを知って欲しい。専門家のもとを訪ねて話をしたり、薬を飲むこともできる。これは深刻な問題だから。もしこれが上手くいかなくても、私にはまだ競技場の外に人生がある」
●ビーチバレー女子金メダリスト、エイプリル・ロス(米国)
「メンタルヘルスは、フィジカルヘルスや競技のパフォーマンスとつながっていると信じている」
●空手女子形5位入賞、国米桜(米国)
「この1年、1人でトレーニングをしてきたが、手を伸ばして人と話をすることの大切さや誰かに助けを求めても良いということに気づいた1年でもあった」
●ソフトボール銀メダリスト、バレリー・アリオト(米国)
「メンタルヘルスの問題が注目されることは、多くのアスリートたちにとって助けになるだろう。そして、この時期に人々がメンタルヘルスについて認識するための手助けになると思う」
●重量挙げ女子76キロ級銀メダリスト、キャサリン・ニー(米国)
「大丈夫だと言ったらうそになる。多くの人と同じように、私も自分なりに苦しんでいる。毎日を意図的に過ごし、自分がやれることをやっている」と昨年3月にインスタグラムに投稿。
●重量挙げ女子87キロ級6位入賞、マーサ・ロジャーズ(米国)
「来日が叶わず本国にいる夫に電話をし、『とてもストレスが溜まっていて、緊張している。うまくやれないかもしれない』と弱音を吐いた。そんな時、(体操女子シモーネ・)バイルズが精神的な問題で棄権すると言ったことで、(苦しんでいるのは)自分だけではないと感じ、ここにいるためのほんの少しの勇気を与えてもらった」
●テニス男子ノバク・ジョコビッチ(セルビア)
メダル獲得を逃して怒りを募らせラケットを破壊して物議を醸した試合前、プレッシャーとの向き合い方についてこう語っていた。「プラッシャーがなければプロスポーツではない。トップを目指すのであれば、プレッシャーに対処する方法を学んだほうがいい。コートの上だけでなく外でも期待に対してどのように対処するか。(メディアなどの)噂話や雑音を目にしたり耳にしたりしないわけではないが、それに気を散らしたり、疲れたりしないように対処するメカニズムを作り上げてきた」
【ロサンゼルス=千歳香奈子通信員】