京都大学は、光を当てることで記憶を起こしたシナプスだけを消す、つまり「記憶を消す」ことに成功したと発表した。
京大大学院医学研究科後藤明弘助教、林康紀同教授、理化学研究所脳神経科学研究センター村山正宜チームリーダー、Thomas McHughチームリーダー、大阪大学産業科学研究所永井健治栄誉教授らの研究グループによるもの。光を当てて人々の記憶を消すのは映画の世界だけかと思っていたら「そんなSFのようなことができるようになりました」とリリースで報告。記憶を長期感保つ、睡眠の機能の新しい細胞モデルを提唱し、記憶・睡眠研究の前進となったとしている。
記憶は海馬で短期的に保存された後、皮質で長期的に保存される。この現象は「記憶の固定化」と呼ばれるが、それを担う細胞活動は完全に解明されていなかった。
研究グループは、記憶が固定化されるときに起きるシナプス長期増強(LTP)という現象が、いつどこで誘発されるかがわかれば、記憶がどの細胞に保持されるかがわかるとして、それを検出する技術を開発を進めていた。このたび、LTPが起きる時間枠を検出するために、光によってLTPを消去する手法を見いだしたという。
LTPが起きるとシナプス後部のスパインという構造が拡大するが、これにはコフィリンという分子が関わっている。このコフィリンとイソギンチャク由来の光増感蛍光タンパク質SuperNovaを融合させ、特定の波長の光を当てたところ、SuperNovaは活性酵素を放出し、周囲のコフィリンだけを不活性化した。この性質を利用したところ、LPTが消去され、記憶が消えた。
この方法では、これまでにもあった薬剤を使った方法とは異なり、狙った場所、時間だけLTPを消去することが可能になった。そこで、学習直後と学習後の睡眠中の海馬にも光を当てたところ、それぞれの記憶も消えた。さらに学習直後と、その後の睡眠中の2段階でLTPが海馬で起き、短期記憶が形成されることも判明した。
次に神経細胞の活性を調べたところ、細胞は学習により特異的に発火するようになり、学習後の睡眠中にはLTPによって細胞同士が同期して発火することが認められた。また、記憶が皮質に移る時間枠を知るために、前帯状皮質でのLTP時間枠を調べたところ、学習翌日の睡眠中に前帯状皮質でのLTPが誘導されていることも分かった。長期的に保存されるための記憶は、学習の翌日には既に皮質に移行し始めていることも明らかになり、学習後に良質な睡眠をとることが、記憶定着には必要であることも確認された。
この研究で、LTPが誘発される時間枠を解析する技術が開発されたことによって、記憶に関連する多くの脳機能を細胞レベルで解明できる可能性が出てきた。LTPに関連するシナプスの異常は、発達障害、外傷性ストレス障害(PTSD)、認知症、アルツハイマーといった記憶・学習障害だけでなく、統合失調症やうつ病の発症にも関わることが示唆され、これらの病気の治療にもつながることが期待される。