<コロナに翻弄された人たち:2020年を振り返る>
16年リオデジャネイロ・オリンピック(五輪)近代五種女子代表で、東京五輪の出場権を獲得した高宮(旧姓朝長)なつ美(29=警視庁)は女子決勝日だった8月6日、競技人生のゴールを迎えるはずだった。五輪延期を受けて、苦悩の日々が続き、現役引退も考えた。昨年12月に結婚した同僚の夫(28)が心の支えとなり、2度目の大舞台へ懸命に前を向こうとしている。
長すぎるあと1年、見失い、引退も頭に…
20年8月6日。高宮は8年間続けた競技人生の「区切り」と決めていた。毎日12時間以上の練習で自身を追い込み、特にこの1年は引退日に向けて身を削る思いで努力を重ねた。
コロナ禍による五輪延期が決まり、目標を失った。
「この日のために人生をかけて競技を続けてきた。五輪の中止や再延期の可能性を考えると、あと1年は正直きつい。積み重ねが一気に消えて、今はそれを乗り越えられる原動力はない」。複雑な胸中をこう打ち明けた。
無力となった。部屋にこもる時間が増え眠れない日もあった。トレーニングにも力が入らない。集中力に欠け、6月末には左首を故障した。コロナ報道を目にするたびに不安は大きくなり引退を考えた。
金メダルへのこだわり消せた夫の一言
2度目の夢舞台は、自分のために-。警察官だった両親の背中を追って、埼玉・川越南高卒業後に警視庁の採用試験に合格した。直後の10年4月、父省治さんを54歳で亡くした。警察学校時代に1500メートル走で女子歴代1位の4分55秒を記録し、近代五種部にスカウトされた。「母(里美さん)を五輪に連れていけたら少しは元気が出るかも」と考え、12年11月に競技を始めた。すぐに頭角を現し、2年後の全日本選手権を制覇。15年アジア・オセアニア選手権ではアジア5位となり、初の五輪切符をつかんだ。
リオ五輪では、父の形見となった勤続30年記念の万年筆をお守りにして臨んだ。日本勢過去最高の12位。しかし、喜び以上に悔しさが残った。「感動と緊張に襲われ、五輪には本当に魔物がいると思った。リオ五輪は親への恩返しだったけど、東京五輪は自分のために目指したい」。
日本勢初の金メダルを目標に掲げた。昨年11月のアジア・オセアニア選手権で2位に入り東京五輪の出場権を獲得。全てが順調だった。同12月24日には2年間交際した同僚の男性と結婚した。女性の現役選手では珍しい、旧姓ではなく夫の姓で選手登録した。支えてくれた夫に感謝の意を表し「夫の姓で五輪に出場する」と決意した。
引退を悩んでいた6月ごろ、夫の一言が“心の治療薬”になった。「無理して五輪に出る必要はないと思うよ。やめても良いんだよ」。
五輪の延期発表から4カ月が過ぎたが、現在も複雑な心境で1年後を見据える。目標も金メダルから変化した。コロナ問題が収束した上で「出場して笑顔で終われたら良い」と願う。28歳の女性警察官は、今も必死に気持ちを立て直している。【峯岸佑樹】
◆高宮なつ美(たかみや・なつみ)旧姓朝長(ともなが)。1991年(平3)8月22日、埼玉県狭山市生まれ。3歳から中学まで水泳に励み、川越南高では陸上部に所属。警視庁入庁後の12年11月から近代五種を始める。第四機動隊所属で警備などの任務をこなす。リオ五輪12位。好きなドラマはフジテレビ系「踊る大捜査線」。趣味は温泉巡り。家族構成は夫。170センチ、53キロ。血液型B。
(2020年8月6日、ニッカンスポーツ・コム「幻の20年夏」)