<コロナに翻弄された人たち:2020年を振り返る>
8月15日の甲子園交流試合で、センバツ21世紀枠の磐城(福島)は昨秋の東京王者・国士舘と堂々と渡り合った。試合前には、センバツ中止決定後に県高野連医務局入りのため福島商に異動となった木村保前監督(50)が、特例でシートノックを行い選手を鼓舞。エース沖政宗投手(3年)が肘の不調で万全ではない中、再三の好守でもり立てた。試合は3-4で惜敗したものの、県内屈指の進学校で文武両道を貫いてきた選手たちは、夢の舞台で全力プレーを披露した。
諦めない気持ち自然に「これが甲子園」
伝統のコバルトブルーの戦士たちが、聖地で躍動した。センバツ21世紀枠の磐城が、昨秋の東京王者・国士舘と堂々と渡り合った。肘の不調で全力投球ができないエース沖投手を、バック全員で助けた。
1回1死三塁で三ゴロから併殺に。3回には難しい飛球を市毛雄大遊撃手(3年)が好捕。7回1死では小川泰生一塁手(3年)が、邪飛を追いカメラマン席にダイブした。同1死二塁では、安打で本塁をついた走者を樋口将平右翼手(3年)が本塁補殺の好返球。8回には清水真岳左翼手(3年)がダイビングキャッチ。捕手の岩間涼星主将(3年)は2度、二盗を刺した。
魂のノックでスイッチが入った。センバツ中止決定後に県高野連事務局入りのため福島商に異動となった木村前監督が、特例で試合前のシートノックを行った。7分間で71球。「人生でこれほど特別で濃密な7分間は初めて。時が止まっているような感じだった。最高の舞台で、最高の準備ができるようにと思ってやらせていただいた」。市毛は「みんな緊張していたけど、ノックのおかげで足が動くようになった」、岩間主将は「魂のこもったノックを1球1球打ってもらい気持ちが上がった。ファインプレーは木村先生の魂があったおかげ」と感謝した。
木村前監督からバトンを引き継いだ渡辺純監督は「日ごろの練習のたまものでもあるし、木村先生のノックで気持ちを吹き込んでもらったことがプラスに働いた」。8回バント安打で珍しくヘッドスライディングした岩間主将は「最後まで諦めたくない気持ちが自然に出てしまった。これが甲子園なんだなと。ファインプレーも、このチームでこんなに見たことがない。甲子園が力を引き出してくれた」と感謝した。
木村前監督は試合後に選手と再会した。「粘り強く、我慢強く最後の最後までよく頑張った。センバツ中止、私の異動、夏の大会中止と選手はずっと我慢してきた。彼らをほめてあげたい。今日は彼らが高校野球の魅力を体現してくれた」と、成長した姿に涙をあふれさせた。【野上伸悟】
野球の神様を感じた瞬間、感極まり
前監督の木村保氏(県高野連副理事長)は第2試合開始前の約7分間、教え子たちに熱いノックを打ち続けた。ノックを終えると、目を潤ませていた。「人生で一番、特別な濃密な7分間を過ごして、初めての感覚でした。時が止まっているような。子どもたちが最高の舞台で最高の準備を出来るようにと思っていました」。長くて短い7分間を心から味わった。
磐城の監督として、今春のセンバツに21世紀枠で46年ぶりの甲子園に導いた。しかし、コロナ禍で3月11日に大会中止が決定。甲子園の土を踏むことなく4月から福島商に移動し、県高野連の業務を担当していた。甲子園交流試合開催にあたり、福島商と磐城の間で前向きに検討が重ねられ、ノッカーでの“出場”という悲願が実現した。
試合後の囲み取材。「1年夏に初戦敗退して、敗退してからの日が…」と、これまでの道のりを思い出し、声をつまらせた。「本当にいろいろなことがありすぎて。野球の神様がいるんだな、とこの年になって本当に感じました。感極まりました」。試合は国士舘(東京)に善戦するも惜敗。それでも磐城のユニホームを着て躍動した教え子たちに、感無量だった。
(2020年8月15日、ニッカンスポーツ・コム掲載)