昨夏の東京オリンピック(五輪)で歴史が動いた。フェンシング男子エペ団体が、悲願だった日本初の金メダルを初めて獲得。「エペジーーン」(エペ陣)の流行語も生まれた快挙の一因には、やはり「食」のサポートがあった。エースで世界ランキング1位の山田優(27=山一商事)と、日本フェンシング協会をサポートするSL Creations(エスエル・クリエーションズ)に聞いた。

東京五輪 フェンシング男子エペ団体決勝でポイントを奪いほえる山田優=2021年7月30日(撮影・鈴木みどり)
東京五輪 フェンシング男子エペ団体決勝でポイントを奪いほえる山田優=2021年7月30日(撮影・鈴木みどり)

嗜好に応じた食材提供、選手ごとに課題アドバイス

山田は、食材提供や加工・冷凍食品の宅配事業を手掛ける同社から最も長く支援を受けている1人だ。協賛、サポートが始まったのは18年9月から。ナショナルチームから選ばれた10人に食材を提供して約3年半になる。その初期メンバーに、当時24歳の山田は近未来のメダル候補として期待を受け、名を連ねていた。

月に1回、フェンサーへのアンケートを基に食材や総菜が届けられる。「お肉だったり、食材を選んでリクエストする形ですね。あとは秋山さんから、ご提案をいただいたり」と山田。その秋山さんとは、SL Creationsの販売企画統括本部・健康サポート推進課で管理栄養士を務めている秋山里実さんだ。

「当社は、選手の皆さんに疲労回復などコンディションを整えてもらったり、休養の質を上げたり、しっかり翌日の練習に向かってもらうため、栄養素の高いものを提供しています。(協賛当初に静岡の)沼津合宿で講習会を開かせていただいたこともありました」

フェンシング日本代表の強化合宿で、秋山さん(右)が講師となり栄養講習会を実施
フェンシング日本代表の強化合宿で、秋山さん(右)が講師となり栄養講習会を実施

疲労回復や休養の質を上げ、しっかり翌日の練習に向かうための知識を伝授
疲労回復や休養の質を上げ、しっかり翌日の練習に向かうための知識を伝授

秋山さんは選手の嗜好(しこう)を重視して「食習慣、好き嫌い、日々のコントロールの課題」を丁寧に聴き取る。その上で、昨夏の東京五輪では「コロナ禍の中での開催でしたので『免疫力』をキーワードに、ご提案の際は、免疫のコントロールに役立つかどうかを意識しました」。サケ、魚、卵、レバー、青菜の惣菜などを用意したという。

SL Creationsが提供する紅鮭の切り身
SL Creationsが提供する紅鮭の切り身

山田はサケやホタテなど魚介を頼むことが多い。「ホタテはエリンギと絡めて、しょうゆバター炒めにするのが好きですね」。調理してくれるのは、元フェンサーでエペの全日本女王になったこともある里衣夫人だ。「妻が自分の好みに合わせて料理してくれるので」と感謝の上で、献立は基本的に任せている。サケは「シンプルに塩焼きがいいですね。あとはチャーハンにしてもらったり」と季節の食材を組み合わせ、夫人の手料理で摂取している。

SL Creationsの提供する帆立貝柱
SL Creationsの提供する帆立貝柱

山田優のインスタより、オリンピック後のご褒美「Z's MENUシリーズ」集合写真
山田優のインスタより、オリンピック後のご褒美「Z's MENUシリーズ」集合写真

飲み物にもこだわる。「一番好きなのは野菜ジュースですね」と山田が紹介する16種類のオーガニック原料を使用した野菜と果実のミックスジュースは、秋山さんの説明によると「野菜や果物には、抗酸化作用の高いビタミンやポリフェノール類が豊富。練習後に飲むと疲労回復につながります」。もう2年近く提供されており「毎朝、必ず飲んで練習に行くことが日課なんですけど、いつも息子が隣に座ってコップを出してくるんです(笑い)」。来月で2歳になる長男の瑛斗君も、お気に召している。

山田優のインスタより、オーガニック16野菜と果実のミックスジュース
山田優のインスタより、オーガニック16野菜と果実のミックスジュース

これらの支援に応えるかのように、山田は成績を向上させていった。「目に見える成果としては世界ランキングですかね」。サポートを受け始めた18-19年シーズンは「50位とか名前も知られていなかった。そもそも結婚する前(大学卒業後)の自衛隊に入って1年目は、家に帰ってもご飯がなくて、毎日ほぼコンビニ弁当でしたし。本当に食生活は改善されましたね」。

東京五輪の代表選考レースとなった19-20年シーズンは徐々に順位を上げ、終盤にはグランプリ(GP)ブダペスト大会で初優勝。一気に世界ランク2位と躍進し、日本チーム最速で東京五輪出場を確実にした。延期を受け、腰椎椎間板ヘルニアの手術を受けた後の回復も、充実した食が一役買ったことは間違いない。そして昨夏、念願の金メダルを手にして人生が変わった。世界ランクは個人も団体も1位まで上り詰めた。

東京五輪 フェンシング男子エペ団体で金メダルを獲得し、表彰台で指を突き上げる、左から加納虹輝、見延和靖、宇山賢、山田優=2021年7月30日(撮影・鈴木みどり)
東京五輪 フェンシング男子エペ団体で金メダルを獲得し、表彰台で指を突き上げる、左から加納虹輝、見延和靖、宇山賢、山田優=2021年7月30日(撮影・鈴木みどり)

五輪では同姓同名のモデル山田優からも反応される存在になり、大会後は数々のテレビ出演で知名度を高めた。クイズ番組に出ることも多い。記憶力に好影響があるとされるDHAとEPAを秋山さんは挙げつつ「サポートが始まった時、練習見学にうかがったところ、フェンシングは頭脳戦で集中力が必要と知りました。ですので、主に青魚に含まれる良質な脂を、脳を活性化させる栄養素として勧めてきました」。だから正答率が高いのだろうか。

東京五輪フェンシング男子エペ団体決勝 日本対ROCでポイントを奪う山田優(右)=2021年7月30日(撮影・鈴木みどり)
東京五輪フェンシング男子エペ団体決勝 日本対ROCでポイントを奪う山田優(右)=2021年7月30日(撮影・鈴木みどり)

もちろん、試合中の駆け引きは世界トップクラスと言われる。山田は「僕、実は(青魚の)アジフライを食べられなかったんですけど『Z's MENU』のアジフライは本当においしくて。食べられるようになったんです」と喜ぶ。好みの変化も糧になっている。

Z's MENU真あじフライ
Z's MENU真あじフライ

山田優のインスタより、Z's MENUのアジフライの盛付け例
山田優のインスタより、Z's MENUのアジフライの盛付け例

SL Creationsは1970年(昭45)の創業。前身のシュガーレディ時代から「安心安全の食材、食品を提供しています」と自負するのは、販売企画統括本部・デザイン企画部の石井良一参事だ。14年には「安心・美味しさの『その先』へ」を掲げ「体が資本のアスリートをサポートすることで(企業理念も)お届けできれば」との期待も込め、その後、日本協会のスポンサーになった。

約3年後、日本フェンシング界が1度も届かなかった金メダルを山田、見延和靖、加納虹輝、宇山賢の4人がつかみ取った。秋山さんは「今までは観客として五輪を見ていたんですが、どうしても気持ちが入ってしまいました」と笑いながら「あの大舞台に立つこと自体、すごいことだとサポートしながら思っていたんですが、極度の緊張にさらされた中で己と向き合い、金メダル。素晴らしいですし、うれしい。気持ちが上がりました」と祝福する。

石井氏も「年1回、弊社に来ていただく機会があり交流がありますので、山田さんたちの快挙に社内は非常に盛り上がりました。ただ、東京五輪が最終目的ではありません。通過点です」と支援継続を約束した。

次は24年パリ五輪へ。2連覇が懸かる男子エペ団体をはじめ、個人も、女子エペも、男女のフルーレとサーブルもメダル獲得を目指している。「これからも食材を提供しつつ、一方で1人暮らしの方には、すぐ栄養補給できて翌日の糧になるような簡単に温めるだけの総菜をお届けしたい。調理の負担が疲労につながってはいけませんから」と秋山さんは心得る。選手に応じた協力でフェンシング界全体を後押し。山田も「次は世界選手権の金メダルを狙います。今までエペでは獲得したことがないので」と新たな目標へ突き進む。選手と食の支援が、ブームを一過性で終わらせない1つの鍵になる。【木下淳】