<ご飯を補う奥原希望の工夫/上>
ご飯をあまり食べられない、あるいは食べてくれない―。そんな悩みを持つ人は少なからずいる。それは一般人に限ったことではなく、食を力の源とするトップアスリートの中にもいる。
今や日本のお家芸とまで言えるバドミントンで、女子シングルスの五輪金メダル候補に挙がる奥原希望(26=太陽ホールディングス)。彼女もその1人だ。いや、正確にはその1人だった。不足していた栄養摂取を昨年、創意工夫で克服していった。多くの人にヒントをもたらすその歩みを3回にわたって紹介する。
自称「世界一しつこい女」の最大の武器
2016年リオデジャネイロ五輪の女子シングルスで日本人初のメダルとなる銅メダルを獲得し、翌17年の世界選手権では日本人初のチャンピオンに輝いた奥原の強さは、何と言っても「粘り強さ」にある。
世界では170センチを超える選手も多い中、156センチと決して大柄ではない体でコートの全てをカバーする。フットワークの軽さと速さ、そして柔軟性は群を抜き、優れた反射神経で相手のショットを拾い続ける。打てども打てども決めることができなければ、相手のメンタルにはダメージが蓄積する。その隙を逃さず攻撃に転じて、ロングラリーを制する。自ら「世界一しつこい女」と語る粘りが、最大の武器だ。
女子シングルスの試合時間は平均1時間もかからない。
しかし、奥原にそれは当てはまらない。初優勝の偉業を遂げた2017年の世界選手権では準々決勝で1時間半、準決勝で1時間13分も戦い、決勝ではプサルラ(インド)と1時間50分もの死闘を演じた。決勝の第2ゲームでは73回もラリーが続いたほど。その能力を支える土台は、無尽蔵の「スタミナ」にある。
そう認識されていた。
止まった足の原因を「見える化」すると
2019年8月にスイスで行われた世界選手権。2年ぶりの優勝を懸けた決勝は、当時1時間50分も戦ったプサルラがまたしても相手だった。
だが、同じ相手にロングラリーに持ち込むことはできず、7-21、7-21の0-2で完敗した。試合時間はわずか37分。2年前の3分の1だった。その試合後に漏らした言葉は「足が動かなかった」。その時点では理由は分からなかった。
東京五輪に向けて、奥原個人の栄養管理をサポートしてきたのが、味の素ビクトリープロジェクト(VP)。「チーム奥原」の一員でもある上野祐輝氏は原因解明に動いた。これまでの体組成の分析だけではなく、左腕にバンド型の心拍計測器を巻いて心拍の変動にも注目した。起床時の心拍数は? 運動中にどのくらいのエネルギーを消費しているの? 補うためにはどれだけ食べるべきなのか―。データの「見える化」に取り組んだ。
同年11月末からの全日本総合選手権では提供した食事の中身を分析した。そこでようやく取り組むべき課題が見えてきた。エネルギーの源となる炭水化物(糖質)の強化が必要だった。しかし、奥原は実は、エネルギーに換わる白ご飯をたくさん食べることが苦手だった。
その全日本総合では4年ぶり3度目の優勝を果たしていた。だからと言って、今後も世界と渡り合うのに不安を抱えたままではいられない。動いて動いて動きまくる奥原のエネルギーを、どうやって補うか。
しかし、ただ単純にお米の量を増やせばいいというものでもなかった。食べられないのに「必要だから」と無理やり口に詰め込まれても、人はなかなか前向きにはなれない。「人間、誰でも『正しい食事』というだけでは食べられないんです」(上野氏)。
どうすれば無理なく、苦もなく栄養を補い続けることができるか。
チーム奥原で幾度となくミーティングを行い、解決策を話し合った。出した結論は、奥原に特化したオリジナル「勝ち飯」を作ることだった。その中で何より重要視したコンセプトは「好きな食べ物をベースにする」こと。「おいしい」と感じる気持ちを大前提とするメニュー作りが始まった。【今村健人】(つづく)