<食事の効能を考える/下>
正しい栄養の摂取は体作りにつながる。でも、食事の効能はそれだけにとどまらない。そのことを教えてくれたのが2016年のリオデジャネイロ・オリンピック(五輪)で起きた“予想外”の出来事だった。
本番を前に選手が望むことはたった1つ
ビュッフェ形式で世界中の料理がよりどりみどり選べる選手村の食堂。一見すると豪華でうらやましい限りだが、集大成ともいえる五輪本番を前にした選手の心境になってみると、見え方が変わってくる。
厳しい練習、減量や増量など血のにじむ努力の結果、過酷な予選を勝ち抜いて手にした五輪本番の大舞台。選手は大会前にできることを全てやりきる。開催国に入ってからはもう、実力が伸びる選手はほとんどいない。そこで大事になるのは今まで積み上げてきたモノをいかに崩さず、本番に臨めるか。誰もが試合のことだけに集中したいと考える。
だが、その前に気を使わなければならないことが生まれる。それが異国の地での「食事」だった。
コンディションを崩さず調整したい時期に、見た目は豪勢でも食べ慣れない食事が並ぶと、胃がちゃんと受け付けられるか不安になる。脂分も気になる。二の足を踏み、神経が削られる選手も少なくない。
「うまい」と言って試合に向かう大切さ
「本番を前にした選手が求める食事は、決して豪華なステーキじゃないんです。日頃、家庭で食べているものと全く同じものを食べて『うまい』と言って試合に向かっていきたい。そう考えると、普通の人たちと一緒なんです」
現地でサポートした味の素ビクトリープロジェクト(VP)の上野祐輝氏は言う。
「白ご飯」と「炊き込みご飯」、「具だくさん汁物」に「温麺(うーめん)」と「納豆」。Gロードステーションで出された食事はいたってシンプルだった。
だが、そこには摂取しておきたい食材、栄養素が最低限、詰まっていた。野菜やタンパク源、米と納豆。ヨーグルトなどの乳製品は選手村で得られることで補えた。
現地調達の米も、試食した数種類の中から日本米の食感にもっとも近いものを選んでいた。「おかえり」「いってらっしゃい」という声掛けを行うことで、わが家の雰囲気を醸し出した。
「それだけで選手はすごく元気が出ていました。分かりやすいくらい」
心にやさしく染みた「食べ慣れた食事」
食事の面で神経を削られ、コンディションが崩れる場面は、リオ五輪では少なかった。多くの選手が「食べ慣れたものが用意されていたので、最後まで元気に戦えました」と感謝の声を寄せた。
間違いなく、夏季五輪で過去最多となる41個のメダルを獲得した原動力だった。
「栄養や食事は体だけではなく、メンタル面にもすごく影響を与える大事なパーツなんだと感じました。それを自分でできないと何も意味がありませんので、正しい栄養をいかに簡単に摂れるか。そのことを伝えていきたいと改めて思いました」
正しい栄養を摂ることは大事だが、それは必ずしも豪華な食事である必要はない。むしろ普段食べ慣れているモノこそ、体だけでなく心にもやさしく染み渡る。
選手たちの行動と結果が、そう教えてくれる。【今村健人】