<トップ選手のトライ&エラー/5>
栄養バランスを整えれば今より体は強くなる―。頭ではそうと分かっていても、続けることは結構難しい。
東京五輪で11大会ぶり2度目の出場となるハンドボール女子日本代表「おりひめジャパン」も悪銭苦闘の連続だった。2019年の世界選手権で過去最高成績を残すまでに至ったその過程は、一般の人たちにも通じるものがある。彼女らが“失敗”を経てたどり着いた成功経験とこれから。栄養に取り組む人たちが学べる“トライ&エラー”の物語を紹介する。
結果に表れた体作りに対する1つの答え
2019年12月。3年前に目標と定めた、2年に1度のハンドボール女子世界選手権が熊本で開かれた。大会前の全選手の平均体重は大幅に増。そのほとんどは除脂肪体重、つまり筋肉量だった。プロジェクト自体は成功した。あとは、これを競技結果に反映されなければ意味がない。2017年の前回大会は16位。女子日本代表の通称「おりひめジャパン」の戦いが幕を開けた。
世界ランク13位で挑んだ日本は初戦アルゼンチン、続くコンゴ民主共和国に快勝し、連勝発進を遂げた。その後、スウェーデン、ロシアの欧州勢に敗れたものの、過去負け越していた中国に35-18で快勝して1次リーグをD組3位で突破した。
さらに強豪が集う上に、1次リーグの成績も持ち越す2次リーグでは初戦のモンテネグロに26―30で敗戦。この時点で準決勝進出が消滅し、続くスペインにもミスが重なり31-33で惜敗した。それでも、それまで無敗でこの大会準優勝した強豪国相手に終盤、1度は逆転した。強豪国を追い詰めたキルケリー監督が試合後「ベストパフォーマンス」と話した通り、大番狂わせまであと1歩だった。
そして、世界6位ルーマニアとの最終戦。「欧州勢からの今大会初勝利」という強い意識で勇敢に立ち向かうと、終始リードを奪い続けて37―20で大勝した。試合後、喜びより悔しさにあふれる選手たちの姿が、成長を表す何よりの証しだった。
最終結果は10位。24チームが参加するようになった1997年大会以降、最高成績を納めた。カラダ作りに対する1つの答えが出た大会だった。
ただ、この物語はここできれいには終わらなかった。
東京五輪に向けて、ここからさらにギアを上げて行ければ…。その思いはコロナ禍で立て直しを余儀なくされた。滞在時間が増えた所属先でのモチベーションの維持。これが最大の難関だった。
コロナ禍でストップしたギアチェンジ
代表合宿に集まれば、意識が高くなった選手たち同士で世界を見据えて刺激し合えるが、所属での活動が増えると、意識の高さはみんなまちまち。1人、維持し続けるのは大変だ。
ましてや対戦する相手はすばしっこい日本人。フィジカルの力強さより、どうしてもスピードに目が行きがちになる。普段は仕事をこなすアマチュア選手がほとんど。ハンドボールだけに集中できる環境にはない。代表合宿や海外遠征の機会を失い、世界を見据えたカラダ作りはいったん、ストップを余儀なくされた。
昨年11月にようやく代表活動が再開され、世界を見据えたカラダ作りが再び始まった。そして今、東京五輪本番を迎える。
何か1つで全てうまく行くわけではない
味の素ビクトリープロジェクト(VP)で上野氏とともにチームをサポートする管理栄養士の鈴木晴香さんは、この4年間あまりの実体験を踏まえて力説する。
「体重あたり何グラム摂ればカラダ作りがポジティブに動くということが明確に分かっていても、それを満たすことはすごく難しいんだと感じました。それに加えて、栄養とは何か1個やれば全てうまくいくわけではないということも分かりました」
ハンドボール女子日本代表の“エラー”は、誰しもが陥る可能性がある。
「土台に、栄養バランスの良い食事があり、その上で強化したい部分に取り組む。それで初めて目標に向かっていけるんです。これまでの“失敗”はこの土台を度外視して、とっつきやすいところだけやってみた。でも、土台がぶれているので水準が上がらなかった形です」
ただ“トライ”してきた成果は確実に出ている。
「選手たちの体をもう1段上げることはできていませんが、体重は落ちずに維持はできているんです。今までとはそこが違う。これだけでも相当変わったかなと思います」
トップアスリートでも、意識を変えるのにかなりの時間がかかったのだから、ジュニアアスリートや一般の人たちがすぐにできなくてもおかしくない。そう思えば、気は少し楽になる。ハンドボール女子日本代表も含めて栄養への試行錯誤は誰もが、まだまだ続いている。【今村健人】