<体力の正体は筋肉/第1章:だれにも避けられない体力の衰え(1)>
ふと気づく体力の衰え
「どう、最近元気そうじゃない?」
「いやぁ、そんなことないよ。なんだかめっきり体力が衰えてきたみたいだ。ふと気づいたら、ちょっと前まで簡単にできたことも、すごくしんどく感じるようになってきてね。やっぱりこれ、年のせいなのだろうね」
もちろん個人差はありますが、40歳ごろからそこはかとなく衰えを感じはじめ、50歳の声を聞いたところで体力は一気に急降下。そういった人たちの間で、こんな会話がよく交わされているのを耳にします。
疲れやすくなった
持久力がなくなった
出かけるのが面倒くさくなった
なにかをしようという意欲がわかない
急ぎ足ができなくなった
階段の上り下りがつらくなった
重いものが持てなくなった
すぐに息切れがする
わずかな段差にもつまずいてしまう
聞こえづらい・見づらい
食が細くなった(食欲が低下した)
夜中に何度もトイレに起きる
熟睡ができない……
こういったことが徐々に目立つようになって、「ああ、体力が衰えたなぁ」と実感してしまうのでしょう。
体力が衰えることの切実さは、体を使って勝負に挑むアスリートにとってはなおさらで、現役引退を余儀なくされる最大の理由にもなっています。
小兵ながら幕内優勝31回など数々の記録を残し、国民栄誉賞を受賞した大横綱・千代の富士。1991年5月14日の引退会見で「体力の限界」と言い切り、「気力もなくなり引退することになりました」と涙をこらえながら絞り出すように語った姿を、25年以上たった今でもはっきり記憶している人も多くいらっしゃるはずです。
年を重ね、ケガなどをきっかけに自分の思い通りのトレーニングができなくなる。そうなれば体力が衰えてなかなか結果が出せず、まわりからも評価されなくなり、次第に気力も失せてしまう。大横綱といえども、こうした悪循環に陥り、心技体のバランスが崩れて引退につながるかたちとなりました。
また、メジャーリーグで数々の記録を達成し、2018年のシーズンは44歳とメジャー最年長の野手となるシアトル・マリナーズのイチロー選手は、17日ぶりにスタメンに起用された試合後に、「やっぱ、体力がなくなっていますね」としみじみと語ったと報道されました(スポニチアネックス、2017年5月25日)。
「50歳まで現役を続けたい」と語るイチロー選手ですが、「ゲームの体力と違う。(体が)ふわふわしている」と珍しく弱音とも思える発言をするのを見ると、やはり、抗しきれない体力の衰えによって現役引退を決断せざるをえない日がいつか訪れることは間違いないようです。
体力の衰えは、遅かれ早かれ、だれにでも必ず訪れるものなのです。
体力が衰えればネガティブになる
しかも、体力の衰えは、年齢を重ねる(加齢、エイジング:aging)にしたがって、ますます加速していきます。
個人によってまちまちですが、ある程度の年齢になって体力が衰えて心身にさまざまな変化が生じてしまうことを「老い」「老け」「老化」などといい、それが病気の症状としてあらわれたものを「老年症候群」「廃用症候群」と呼んでいます。
「老年症候群」は、健常に生活している高齢者、特に75歳以上のいわゆる後期高齢者の生活機能や生活の質(QOL)を低下させて、健康寿命を短くし、要支援・要介護の状態を招いてしまう症候(障害)の総称です。
具体的には、体力の衰え、転倒(骨折)、頻尿・尿失禁、低栄養、聴力・視力の低下、認知機能の低下、咀嚼や嚥下能力などの口腔機能の低下(誤嚥)、睡眠障害、うつ、閉じこもりなど、相互に関連し合う多項目の症状がこれにあたります(厚生労働省)。
「廃用症候群」は「生活不活発病」という言い方もされます。年齢を重ねて身体の活動の量や質が低下し、生活が活発でなくなることで生じる症状を総称したものです。
老年症候群が放置され、病気やケガの治療や療養のために長期間安静の状態が強いられ、さらにリハビリのような、ベッドを離れて日常生活に復帰するための取り組みを怠ってしまうといった理由で器官や筋肉が使われないままでいると、その機能が低下する、失われる、萎縮するなどの弊害が生じます。
具体的には、筋力の低下、筋肉や骨組織の萎縮、関節の拘縮(筋肉が持続的に収縮して動きづらくなること)、心肺機能の低下、うつ、知的活動(意欲)の低下などで、特に高齢者にとっては寝たきりのおもな原因となります。
(つづく)
※「体力の正体は筋肉」(樋口満、集英社新書)より抜粋