<体力の正体は筋肉/第1章:だれにも避けられない体力の衰え(4)>

「アクティブ・エイジング」という新たな価値観

超高齢社会に突入した日本では、老いに対する意識は、近年だいぶ変わってきたように思います。

老いに抗って若返りをはかろうとする「アンチ・エイジング(anti-aging)」はよく知られた言葉で、特に見た目において、年齢よりも若く見えることをよしとして、並々ならぬ努力を重ねている人を多く見かけます。

しかしここにきて、なにもそこまで老いを否定的にとらえなくてもいいのではないか、「年相応」でも魅力的なたたずまい、輝きがあるのではないかという意見が聞かれるようになりました。

老いを自然の流れとして、よいことは「年の功」として受け入れ、不自由なことがあったら知恵を絞って解決し、その人らしさを保ちながら老いと上手に付き合っていこう―それが、「ウィズ・エイジング(with-aging)」です。そんなにあくせくしないで、もっと穏やかに暮らしていこうではないかという響きが感じられます。

さらにそこに、「アクティブ・エイジング(active-aging)」という新たな価値観が加わりました。

アンチ・エイジングが「抗・老化」ならば、ウィズ・エイジングは「共・老化」、アクティブ・エイジングは「脱・老化」といえるかもしれません。

この言葉は、WHOが2002年の4月にスペインのマドリードで開催した「第2回高齢者問題世界会議」で、高齢者に対する支援の決意表明として採用したものです(国際連合広報センター総括資料)。

年齢を重ねても、運動習慣や食生活といったライフスタイルを見直し、健康を保ち、閉じこもらずにさまざまな社会の分野に積極的に参加し、それによって生活の質(QOL)を高め、自立寿命をのばす機会が常になければならない―。

1人でも多くの人がアクティブ・エイジングを実践する「アクティブ・シニア(元気な高齢者)」を目指さなければ、超高齢社会が破綻してしまうのは目に見えています。

ユニークな調査研究が進行中

そうした状況に立ち向かうためには、さまざまな分野・領域の知恵を結集して研究に取り組む必要があります。

私が在籍する早稲田大学では、重点領域研究として、「超高齢社会におけるパラダイムシフト」というテーマ領域が設けられました。

スポーツ科学、生命科学、ロボット工学の研究者たちが、超高齢社会でのエイジングを研究する拠点として、2013年6月に開設されたのが、「アクティヴ・エイジング研究所」で、現在私はその所長を務めています。

人類が経験したことのない超高齢社会においては、これまでとはまったく違う思考、認識、思想、行動様式、社会の規範や価値観の劇的な変化(パラダイム・シフト)が必要であり、当研究所は、特に“健康と運動”という角度からの研究開発拠点という位置付けがされています。

現在、当研究所に所属する早稲田大学スポーツ科学学術院の教員が中心となって、“WASEDA’S Health Study”という、とてもユニークな調査研究プロジェクトが進行中です(https://wasedas-health-study.jp)。

全国の早稲田大学の卒業生とその配偶者を対象にして、ライフスタイルが中高齢者男女の健康や体力にどのような影響を及ぼすのかを、遺伝要因、若いときのスポーツ経験と現在の健康リスク、心肺体力や筋力といった体力指標、食生活などと関連づけて長期的に検証し、信頼のできる疫学データを収集して健康長寿に貢献するのがねらいです。

この大規模研究の成果は、先になりますが、2032年の公表を目指しています。

すでにわが国では、高齢社会がさらに進んで超高齢社会を迎えてしまいました。

それに対して、私たちは手をこまねいているわけにはいきません。

脱・老化「アクティブ・エイジング」という新たな価値観/体力の正体は筋肉(4)

上図にあるように、年齢とともに進む体力の衰え(身体的諸機能の低下)はだれにも避けられず、このままなにもしなければ、体力は障害閾値(障害が生じる境目となる値)よりさらに下がって、自立(健康)寿命と平均寿命との開きは拡大するばかりです。

40歳以上の男女を対象に行った意識調査では、将来もっとも不安に感じることのトップは「健康上の問題」でした(『平成28年版厚生労働白書』厚生労働省)。

そうした不安を解消し、アクティブ・シニアを目指すには、なにが必要か。

それには、まず体力をつけること。体力の衰えを食い止めるだけでなく、体力を回復させることを今すぐにでもはじめなければいけません。

そのキーとなるのが筋肉です。筋肉のうちでも特に下半身と体幹の筋肉をきたえれば間違いなく体力はつき、年齢を問わず、

「いつまでも歩ける体」
「いつまでも動ける体」
をキープできるようになるでしょう。

次章からは、ふだんはなかなか意識することのない筋肉にスポットをあてて話を進めていくことにしましょう。

(つづく)

※「体力の正体は筋肉」(樋口満、集英社新書)より抜粋