日本人の体力は、20年前に比べて、60歳代から70歳代の男女ともに右肩上がりで向上している。しかし、かかりやすい病気や死因はもちろん、筋量、持久力、柔軟性、脂肪量など男女の間には多くの差異がある。
「女は筋肉 男は脂肪」では、科学的な根拠をもとに、男女別の運動法や食事術を紹介する。今、気にすべきは女性は“筋肉”をつけることであり、男性は“脂肪”を減らすこと。その理由とは何か…を伝えていく。
<女は筋肉 男は脂肪/第1章:男女の健康問題を比べてみる(1)>
まずは、さまざまな健康に関する問題について、男性と女性の間でどのような違いがあるのか、あるいはないのかを明らかにしていきます。
平均寿命の違い
平成29(2017)年の日本人の平均寿命は、女性が87・26歳、男性が81・09歳で、いずれも過去最高を更新しています(平成29年簡易生命表」厚生労働省)。男女の差は6・17年と女性のほうが長く、その70年前の昭和22(1947)年の3・9年と比べてその差は大幅に広がっています。
運動や食事といった生活習慣の改善や健康に対する意識の高まり、医療水準の向上などによって、平均寿命は今後も延び続ける可能性はまだまだあり、女性の平均寿命が90歳を超えるのはそう遠くないかもしれません。
世界に目を向けても、WHO(世界保健機関)に加盟する194カ国では先進国・発展途上国を問わず、ほぼすべての国で、女性の平均寿命が男性を上回る結果となっています(WHO「世界保健統計2019」、厚生労働省「平均寿命の国際比較」)。
男性より女性のほうが長生きするのは日本に限ったことではなく、世界的な傾向であるようです。
では、こうした傾向はいつごろから顕著になり、その理由はなんなのでしょう。
世界の国々でさまざまな研究が行われているなかの1つ、老年学(gerontology)の分野ではもっとも伝統と権威がある南カリフォルニア大学レオナルド・デイビス校の研究者たちは、13の先進国に暮らす1800~1935年に生まれた人々の寿命を調査しました。
それによると、1800年代から1900年代初頭に生まれた人々の死亡率が、感染症の予防や食生活の改善、積極的な健康行動をとることによって劇的に低下し、特に女性は、男性に比べてより速いスピードで長寿の恩恵を受けはじめるようになりました。
男女間の死亡率に、明らかに違いがみられるようになったのは1870年代初期です。現在のように、男性より女性が長生きする傾向は19世紀後半に端を発し、実に100年以上も続いていることになります(南カリフォルニア大学HP、https://gero.usc.edu
)。
日本も例外ではなく、明治24(1891)年から明治31(1898)年の資料で、平均寿命は男性42・8歳、女性44・3歳とあり、100年以上も前から女性のほうが長生きだったことが分かります。
女性のほうが長生きする理由
ではなぜ、女性が男性より長生きをするのでしょうか。その理由は、複雑多岐にわたっていて、世界各国でも研究が行われています。
たとえば、オーストラリアのニューサウスウェールズ大学神経精神医学部門パーミンダー・サクデフ教授の研究によれば、男性は女性に比べて喫煙や飲酒の頻度が高いこと、肥満になりがちであること、早期の治療や医学的援助を受けたがらないこと(医療機関の低利用)、自動車事故や暴力、戦争などで死亡する確率が高いことなど、行動学的な側面を指摘しています。
生物学的な側面においても、男性ホルモンのテストステロンが免疫機能を低下させ、心血管疾患のリスクを高める作用があるいっぽうで、女性ホルモンのエストロゲンには抗酸化作用があり、正常で健康な細胞機能を維持する働きがあるといった研究結果もみられます(「TIME」誌「Why Do Women Live Longer Than Men?」 by Markham Heid February 27, 2019)
アメリカでは、コロンビア大学医学部名誉教授で、ニューヨークの性差医療財団(The Foundation for Gender-Specific Medicine)の創設者でもあるマリアン・レガト博士は、早くから性差に配慮した医療を提唱しています。
そのレガト博士も、女性が男性より長生きする理由を、次のように挙げています。
●男性のほうが女性より危険な行動に走りやすい
男性は、不慮の事故による死亡が女性に比べて大幅に多いようです。思考(理性)、判断、注意、意欲(自発性、やる気)、情操といった精神作用や随意運動を支配するのは、脳の司令塔ともいわれる前頭葉の働きによるものです。男性が女性に比べて危険な行動に走りやすい、高齢になるとキレやすくなるのは、怒りの感情をおさえるこの前頭葉の機能低下のはじまりが、男性のほうが早いからともいわれています。
●健康に対する意識が高い
アメリカの調査機関(The Agency for Healthcare Research and Quality)によれば、過去1年間に医師の診察を受けた人の割合は、女性は男性より24%高く、血中コレステロール検査を受けた割合も、女性は男性より22%高いという調査結果があります。
●より強い社会的なネットワークをもっている
社会とのつながりが強い人は、それが弱い人に比べて、死亡する確率が50%低いという結果が、アメリカ・ブリガムヤング大学の研究によって示されています。特に、65歳以上のシニアの男性は女性に比べて社会的なネットワークをもつのが苦手で孤独になり、ストレスや悩みを自分ひとりでため込みやすいと考えられます。
こうしたオーストラリアやアメリカでの研究結果は、日本でもおおむね共通するものといえます。
(つづく)
※「女は筋肉 男は脂肪」(樋口満、集英社新書)より抜粋