<女は筋肉 男は脂肪/第3章:遺伝や環境は男女の体にどのような影響を与えるか(1)>

遺伝とはなにか

遺伝とは、生物の形や色などの特徴(形質)が親からその子孫に、細胞から次の世代の細胞に受け継がれる生物学的な過程のことです。

私たちの日常でも、親と子はよく似ているという会話はしばしば交わされます。あるトップアスリートの両親がともに、過去に運動経験があったと知ると、「さすが親の才能を継いでいる」「親のDNAが入っている」と評判になりますが、逆に、父親も母親も特に運動経験はないのに、子がハイレベルのアスリートになるケースもあります。

なぜ、こうしたことが起きるのでしょうか。

本章では、まず遺伝とはなにかを説明したうえで、遺伝や生まれた後の環境が私たちの体にどのような影響をもたらしているのかを考えていくことにします。

遺伝に関わるのが、体細胞内の「核」にある「常染色体(体細胞染色体)」と「性染色体」です。

染色体、遺伝子、DNAの関係の図

たとえば、ヒトの場合、22種類2組ずつ44本の常染色体と2本の性染色体、計46本をもっています。半分の23本(常染色体22本+性染色体1本)は父親から、もう半分の23本は母親から受け継ぎ、精子と卵子が受精して受精卵になったときに計46本になるわけです。

このうち、性の決定に関与しているのが性染色体です。X染色体が2本(XX)で構成されたら女、X染色体とY染色体が1本ずつ(XY)で構成されたら男になります。もっとも根本的な生物学的な性差、男女の違いはこの段階で生まれます。

この染色体の重要な成分が、「DNA(デオキシリボ核酸)」です。

DNAは、細長い2本の鎖が二重らせんになった構造をしています。DNAの鎖の部分をつなげているのは糖とリン酸で、アデニン(A)・グアニン(G)・シトシン(C)・チミン(T)という成分でできた「塩基」が、らせん階段の「段」をつくり、染色体の上に一定の順序で配列されています。これが「塩基配列」といわれるものです。

このDNA(の塩基配列)が情報として親から子へ伝わるのが遺伝ですが、実はすべてのDNAが遺伝情報となるわけではありません。

DNAには、遺伝情報をもっている部分ともっていない部分があり、このうち、遺伝情報をもっているDNAのある特定の配列部分を「遺伝子」といいます。この遺伝子は、親の生物学的な構造や形態、機能といった特性を特徴づける重要な因子です。

DNAに書き込まれている遺伝情報(設計図)は、さまざまなたんぱく質をつくるためにあります。遺伝情報は「mRNA(メッセンジャーRNA、伝令RNA)」と呼ばれるリボ核酸に「転写」され、そこからさらに各種アミノ酸を材料とする「翻訳」というプロセスを経てたんぱく質が合成されます。

遺伝子は、通常父親と母親から子どもに受け継がれますが、なかには母親からしか受け継がれない特殊な機能をもったものがあります。それが、細胞質内のミトコンドリアという小器官にある「ミトコンドリアDNA」です。

このミトコンドリアDNAによって、「母性遺伝、母系遺伝」といわれる母親からしか遺伝しない体の特徴も確認されています。この塩基配列を解析する技術は「ミトコンドリア・イブ仮説」として知られていて、人類のルーツを探るのにも重要な役割をはたしています。

よく耳にする「ゲノム(genome)」は、DNAに含まれるすべての遺伝情報をあらわす言葉で、遺伝子の“gene”と、総体の“-ome”をあわせた造語です。

「ある生物の、その生物たらしめるのに必須の遺伝子情報」のことで、2003年にはヒトのすべての塩基配列が解明され、ヒトゲノムは約2万3000個の遺伝子から成り立っていることが明らかとなりました。

(つづく)

※「女は筋肉 男は脂肪」(樋口満、集英社新書)より抜粋