<女は筋肉 男は脂肪/第3章:遺伝や環境は男女の体にどのような影響を与えるか(2)>

なにが遺伝的要因で、なにが環境的要因なのか

遺伝の影響を受けている、さまざまな遺伝子が関与していることがよく知られているのが、骨格や身長・体重などの体格と、足の速さや跳躍などの運動能力です。

背が高かったり、がっちりしていたりと、体格がよく似た親子の姿を日常的によく見かけますが、親と子の相関がもっとも強いのが身長で、そのあとに腕長、肩幅、座高と続きます。親の身長が高ければ、その子の身長も成長するにつれて高くなるというわけです。

なかでも、もっとも強いのが父親と息子との相関ですが、母親と息子、父親と娘の相関もそれに次ぐものとなっています。父親と母親の2人とも背が高ければ、その息子の背は高くなると思っていいのかもしれません。

父親と母親の遺伝子の特徴は、ほぼ両方とも同じ部位にあらわれ、どちらかの遺伝子がより強い影響力をもつことがあります。

親から子に受け継がれ、体のさまざまな特徴(形質)としてあらわれているのは、遺伝的要因によるものだけではありません。もう1つ、大きく影響しているのが環境的要因です。

遺伝的要因は、「生まれつき備わっている性質や傾向」という意味で「先天的」、環境的要因は、「生まれた後で身についた性質や傾向」という意味で「後天的」と言い換えると分かりやすいでしょう。

環境的要因には、社会的、経済的、地理的、さらには気象的な自然条件なども含めた幅広い外的要因や、食生活(栄養)、運動、喫煙、飲酒といった生活習慣要因があります。

遺伝的要因によってどのような影響を受け、環境的要因によってどのような影響を受けているのかは、とても気になるところです。

遺伝の割合を示す「遺伝率」

行動体力や運動能力には個人差がありますが、外にあらわれて量的に測れる体の特徴(形質)に遺伝的要因がどのくらい関わっているかを示した尺度が「遺伝率」です。

「ある集団での全体のばらつきのうち、これは遺伝によるものであると説明できるばらつきがどのくらいあるのかを示す割合」という言い方もできます。

ある形質の遺伝率が高ければ、その形質は先天的、つまり生まれつきのものであって、後天的、つまり生まれたあとの環境的要因などによって変わりにくいことをあらわしています。

では、体力の構成要素である筋力や持久力、体力をベースにした運動能力の遺伝率はどうでしょうか。

ヒトの形質は遺伝的要因と環境的要因によって規定されるという図

①筋力の遺伝率

筋力は、筋肉が発揮する力がどのくらいあるかを示す能力です。どのくらいの筋力があるかは、筋の断面積(太さ)などで決まります。断面積が大きくなるのに比例して、筋力も高まります。

前述したとおり、筋の断面積が1年間で増える量は、男性と女性とでは年齢によって異なります。男性の場合は12~13歳がもっとも多く、18歳ごろまで増加の傾向が見られ、20~30歳が筋力のピーク年齢です。いっぽう、女性の場合は、14歳を過ぎると増加のペースはダウンし、筋力のピーク年齢は20歳ごろと、驚くことに意外と早く訪れます。男女ともに、筋力のピークの状態は、40歳ぐらいまでキープされるのが一般的です。

実は、全身の筋量を反映している握力と全死因死亡率の間には密接な関係があり、握力が5㎏低下するごとに死亡率が16%増えてしまいます。また、55歳未満での筋力と早期死亡率との関係では、筋力が高いと心血管疾患による早期死亡率が20~35%低下することも明らかになっています。

筋力の遺伝率は、約50%といわれています。年齢や性別も遺伝率に影響を与えていて、シニアより若者、女性より男性のほうが筋力の遺伝率は高い可能性が報告されています。

②持久力の遺伝率

持久力も、握力と同じように全死因死亡率に影響しています。持久力の指標として使われる体重あたりの最大酸素摂取量が低いほど、冠動脈疾患や生活習慣病の発症率が高いとされています。最大酸素摂取量を高めるために、低強度で長く続けられる有酸素運動をすすめる理由がここにあります。

最大酸素摂取量の遺伝率は、最近の多くの研究では、50%前後と報告され、父親よりも母親の最大酸素摂取量との相関がより強いことが分かりました。トレーニングによる最大酸素摂取量の増加率も、父親より母親との相関のほうが強く、いずれも、母系遺伝するミトコンドリアDNAの影響の可能性があることを示しています(樋口満 監修、湊久美子、寺田新 編『栄養・スポーツ系の運動生理学』南江堂)

③運動能力の遺伝率

約2200組の双子の女性だけを対象にした研究があります。参加経験のあるスポーツを3つのレベルに分類して、それぞれに属する双子の間での運動能力の差から遺伝率を算出したところ、66%という結果が出ました。

つまり、運動能力を規定する要因の66%が遺伝的要因、34%がトレーニングなどの環境的要因の影響を受けていることを示したものです。

たとえば、短距離・瞬発型のスポーツが得意なのか、長距離・持久型のスポーツが得意なのかも運動能力の違いの1つです。

この2つのタイプに大きく関わっているのが、すでに述べてきた骨格筋をつくる収縮の速い「速筋線維(fast twitch fiber)」と収縮の遅い「遅筋線維(slow twitch fiber)」です。私たちは、ふだんの暮らしでどのような日常動作や運動をするかによって、これらのどちらかを優先的に使い分けています。

女性は男性に比べて、速筋線維より遅筋線維の比率が高いことが分かっています。

また、オリンピックに出場するレベルになると、短距離・瞬発型の選手は速筋線維の割合が、長距離・持久型の選手は遅筋線維の割合が非常に高いことが分かっています(髙石昌弘 監修、樋口満、佐竹隆 編著『からだの発達と加齢の科学』大修館書店)。

速筋線維と遅筋線維の比率のどちらが多いかは、遺伝がすべてとは限りませんが、その影響は小さくありません。生まれつき速筋線維より遅筋線維の比率が多い人は、100m走よりもマラソンのほうが向いているといえるでしょう。

(つづく)

※「女は筋肉 男は脂肪」(樋口満、集英社新書)より抜粋