トップアスリートは何を食べて強くなったのか。競泳のリオデジャネイロ五輪金メダル候補の萩野公介(21=東洋大)は、高校時代は栄養士とタッグを組んだ母貴子さん(52)の1日7食の特別メニューで肉体を構築しました。萩野の高校時代のある1日の食事を、貴子さんに再現してもらいました。
(2015年6月10日付日刊スポーツ紙面掲載記事を一部アレンジしています)
中学までは放任、野菜・牛乳嫌いお菓子大好き
小中学時代から新記録を連発した公介だが「食」に関しては優等生ではなかった。幼少期から牛乳は飲めない。野菜も嫌いで、自由にお菓子を食べていた。「自分も牛乳が嫌いだったから」と中学まで放任だった母貴子さんだったが、公介の栃木・作新学院高入学時、一念発起する。
公介の世界選手権出場が視野に入った。「タイム向上のためには体を大きくする必要がある。サプリメントやプロテインではなく、食事で栄養を取らせたかった」。当時の前田コーチと栄養士と相談し「食事プロジェクト」を始めた。毎日の食事メニューと食材をノートに記入し、体重、体脂肪率もチェック。そのデータを分析した栄養士から、月1回の親子面談で栄養指導を受けた。
高校時から栄養士とタッグ、成人男子2倍1日4000キロカロリー
太らない体質を考えて1日3食から7食に変更。6時半の朝食、10時の補食、12時半の昼食、練習前の17時の補食、練習後の20時半の補食、22時の夕食、就寝前の24時にも補食を取らせた。1日の摂取カロリーは一般成人男子の約2倍の4000キロカロリー。週3回の朝練時は4時半に起きて料理を作った。
栄養士からは「食べることもトレーニングの一環」と厳命された。満腹の公介に無理して食べさせることもあった。「作ること以上にメニューを毎日考えることが大変だった」。昼間の事務仕事の間にメニューを考え、夕方の息子の練習の間、スーパーに買い出しに出掛けた。
今回は「夏のスタミナ料理」をテーマに「勝ごはん」を作ってくれた。暑さと疲労で食欲が衰えがちな夏に、どう栄養価の高い食事を取らせるか。
朝食は納豆、豆腐、みそ汁と大豆を使った食品が並んだ。牛乳が嫌いな公介のために、肉に匹敵するタンパク質を含み「畑の肉」とも呼ばれる大豆を活用。昼食は疲労回復に良いといわれる豚肉を食欲増進の効果がある梅しょうが焼きにした。
夕食に関しては栄養士から「ご飯、主食2品、副食2品、果物、乳製品」と指示されていた。今回の夕食にも疲労回復への工夫がある。タンパク質が豊富な切り干し大根と、昼食に続き、食欲を促す梅を使ったブロッコリーの梅肉あえを配置。主食は滋養強壮に効くガーリックチキン。脂肪の多い皮は取るなど、健康面にも配慮した。
平均睡眠4時間でも冷凍食品使わず、食ノート4冊
工夫と手間をかけた「食事プロジェクト」だが、当初の目的は失敗に終わっている。高校2年だった11年4月の世界選手権選考会。大会直前に脱水症状を起こし、公介は救急車で運ばれた。貴子さんは開催地の静岡・浜松まで赴いたが、そこに息子の姿はなかった。泳がずして世界切符落選。「前田コーチが“五輪に行けなくなったわけではない。今年で良かったと思うようにしましょう”と慰めてくれた」。懸命に切り替えて大会の9日後からは「食事プロジェクト」を再開した。
1年後の12年4月のロンドン五輪選考会。公介は400、200メートル個人メドレーで優勝、五輪切符を勝ち取った。栄養士と抱き合うと、涙がこぼれた。午前中に仕事をこなし、車で息子を送迎し、1日7食のメニューを考え、料理した。平均睡眠は4時間。疲れたときは冷凍食品を使用する誘惑にかられたが「子供は一生懸命頑張っている」と妥協はしなかった。
高校1年から3年までの食事ノートは計4冊。公介はロンドン五輪で銅メダルを獲得すると、リオデジャネイロ五輪の金メダル候補に成長を遂げた。母の愛がスーパースイマーの肉体を支えている。
■萩野公介のコメント
母が栄養を気にしてくれていたのは分かっていたが、当時は時間に追われてかき込むように食べていた。今思うと本当に恵まれていたし、母には感謝している。
<母貴子さんがメニュー再現>
■朝食メニュー
ご飯、ベーコンエッグ、ブロッコリー、みそ汁(ジャガイモ、ワカメ、みそ)納豆、サラダ(キャベツ、レタス、キュウリ、タマネギ、トマト、大豆)ヨーグルト、イチゴ1パック、ゴールドキウイ、野菜ジュース
★母のひと工夫
牛乳を飲まないので、豆腐、納豆、大豆と豆類を多くした。みそ汁にはミネラルのワカメ。サラダには血液サラサラの効果のあるタマネギを入れた。
昼食メニュー
■昼食メニュー
枝豆ご飯、ブリのごま焼き、干しエビ入り卵焼き、ミニトマト、小松菜とツナのごまあえ、豚肉とピーマンの梅味しょうが焼き、サツマイモチーズ焼き、イチゴ、オレンジ、オレンジジュース
★母のひと工夫
ブリはしょうゆ、みりん、しょうがにつけて、ごまで焼いた。卵焼きは、あまり好きではないので、干しエビを入れてアクセントをつけた。疲労回復に良い豚肉は食欲を促す梅を刻んでしょうが焼き。サツマイモ単体は好まないので粉チーズをかける。フライパンで軽くバターで焼くと粉チーズがこげておいしくなる。
■夕食メニュー
ヒジキご飯、みそ汁(ふ、モヤシ)、切り干し大根、ブロッコリーの梅肉あえ、シシャモの南蛮漬け、ガーリックチキン、キャベツ、ミニトマト、リンゴ
★母のひと工夫
ヒジキご飯には、豚肉とニンジンとカルシウムのある干しエビを入れ、彩りに錦糸卵とシソをかける。切り干し大根はタンパク質が豊富。ニンジンとあげちくわ、ビタミンと鉄分が豊富なアサリの水煮を入れる。ブロッコリーだけでは食べづらいので、おかかと梅をかけて食欲を増進させる。シシャモの南蛮漬けにはニンジン、キュウリ、タマネギを入れる。栄養価の高い緑黄色野菜を重視した。
■補食メニュー1
おにぎり
★母のひと工夫
おにぎりにはシラス、梅、干しエビなどを入れた。シラス、干しエビはカルシウム。のりは好んで食べるが、消化に良くないため、練習、試合前は巻かない。
■補食メニュー2、3
おにぎり、サンドイッチ、カステラ、バナナ、ゼリーなど
★母のひと工夫
ともに移動中の車内なので食べやすいもの。練習後30分以内に炭水化物を取ると疲労回復に良いといわれたので、おにぎり、サンドイッチなどを食べさせた。
■補食メニュー4
ヨーグルト、イチゴ、ゴールドキウイ
★母のひと工夫
牛乳嫌いなので、子供のころからヨーグルト、飲むヨーグルトは取るようにさせた。
競泳選手に有効な小分け食事法
<管理栄養士・川端理香さんのコメント>
1日7食に食事回数を増やす「小分け食事法」は、消費エネルギー量が高い競泳にとって、とても有効です。食事回数が増えることで、効果的な体づくりにもつながります。貴子さんの食事には、3つのポイントがあり、メニューもアスリート向けの素晴らしい内容になっています。
①3回の補食でスタミナ切れ防止
競泳は消費エネルギー量が他のスポーツに比べ高いため、3食で取り切れないこともあります。スタミナに必要な炭水化物は、体内に入るとグリコーゲンというエネルギーになります。車に例えると、ガソリンです。補食でエネルギーを補給し、スタミナ切れを防止しています。
②食事の際の果物補給
果物も炭水化物を含み、エネルギーになります。コンディションを維持するために必要なビタミンCも豊富なため、練習で消耗する栄養素を補っています。
③タンパク質とカルシウムで筋肉修復と骨格づくり
運動で筋肉は破壊され、それを肉や魚介類、卵などに含まれるタンパク質で修復しています。ごま、干しエビなどのカルシウムも摂取することで強い骨格も作られています。
母から子へ、受け継がれたストイックさ
<編集後記>
貴子さんは将来のジュニアアスリートのため、快く取材を受けてくれた。自宅で、手際良く約2時間で3食を料理。「今日作りながら思いました。よく3年やってたな」と多忙な日々を懐かしむように言った。
食べることが好きだから、料理にもこだわれた。「どうせ365日3回しか食べられない人生を80年くらいしか生きられない。だったらいつも、おいしいものを食べたい。まずいものを食べたときは、いつも“あっ1回損した”と思う」。
だからこそ、厳しい練習に耐える息子には、栄養価があって、おいしいものを食べさせたかった。手作りで手間をかけた。「子供が頑張っているのに、お弁当は(電子レンジの)チンではいけないと頑張った。自分を苦しめましたが」。どんなに忙しくても調理済みの冷凍食品は一切使わなかった。ストイックな精神は、息子に受け継がれ、強さの裏付けになっている。【田口潤】