人間は、情報の8割以上を視覚から得ていると言われている。視力を失った選手たちは声や音、皮膚や手指の感覚、空気の流れなど視覚以外の五感をフルに使い、晴眼者(視覚に障がいがない人)には想像が及ばないほどの空間把握能力を研ぎ澄ませて生活しているのだろう。
パリパラリンピックに出場するブラインドサッカー男子日本代表のフィールドプレーヤー(FP)は、みな全盲だ。病気や事故で大人になってから視力を失った者もいれば、幼い頃の病で見えていた記憶がない者もいる。たどってきた道は様々だが、全盲の上にアイマスクをしてボールを操る、そのプレーの1つ1つが驚嘆に値する。
「人間の可能性はすごい、計り知れない」
食事をサポートする管理栄養士の山田優香さんも「毎回、選手たちの行動や人間性に感動しています。選手たちを見ていると、人間の可能性はすごい、計り知れないと思うんです」としみじみと話した。
チームのサポートをしてくれないかとオファーを受けたとき、山田さんは「大変失礼な話ですが、『お箸は使えるのかな。フォークの方が便利なのかな』と思うほど、視覚障がい者に対する知識がありませんでした」と振り返る。もちろん、見えなければできないこともあるが、選手たちは大半のことを自力でこなしている。
1人暮らしもするし、自炊もする。合宿で必要な荷物を自分で詰めて、時間に遅れないように集合する。休憩時間に冗談を言い合う声を聞いているだけなら、誰も見えない人同士の会話とは思わないだろう。
彩りや香り、見えなくてもおいしい工夫
一般的に、視覚障がい者の食事への意識は低いと言われている。「目で食べる」という言葉があるように、盛り付け、形や色合いなどの楽しめる要素を得られないからだ。
山田さんは視覚に障がいがあっても、食事は晴眼者と同じように彩りに気を使う。「例えば、目が見えるスタッフやゴールキーパー(GK)の選手が『きれいだな』『おいしそうだ』と言ったら、それを必ず耳にします。見える人が伝えるから手を抜きません」と力を込める。
食べて欲しい旬のものは言葉で伝え、合宿中の献立にイベントメニューも盛り込む。
香りも意識する。献立がカレーの日は、選手たちは「やった! カレーだ」「おなかすいた~」とまるで子供のようにはしゃぐという。
「食事はおいしく楽しいもの。その上でアスリートとしての責任をもって、考えて食べる力を身に付けて欲しい」。食の情報が増えることで選択肢が増え、心が豊かになるような献立を、山田さんは心掛けている。
手で器を触りメニューを確認
栄養バランスが整えられた合宿時の朝ご飯。お盆の上に並べられたメニューを山田さんは「クロックポジション」と言われる時計の短針にたとえて知らせていく。
上の動画を見てほしい。山田さんが高校3年生のFP平林太一(17)に対し、説明するシーンだ。
「12時に○○、その左に○○…」。平林はその位置にある器を触りながら、どんな食材が使われ、どんな栄養があるのかを頭の中で整理し、理解することで笑みを見せる。食事が選手たちにとって「心の栄養」にもなっていることが分かる。
何も言われなくても選手たちは完食する。器を手にし、コーンや枝豆などの粒状のものや、細かい野菜までも箸で探して、最後の1粒まで残さないように食べ切る。
「ケチャップ使う人いる?」
お盆の上にない調味料などの情報は、スタッフが声をかける。見えている人と見えない人との連係がごく自然に、気持ちよく行われていた。
冷やし中華も器用にすする
この日の昼食は冷やし中華、野菜ジュース、ヨーグルト、バナナ。気温も湿度も暑い中、午前と午後に練習があるため、さらっと食べやすく、タンパク質多めのメニューが用意された。
冷やし中華はコンビニやスーパーで売られている、透明容器に麺と具材、たれが入っているもの。選手たちはそれを手に取ると、まるで見えているかのように器用にパッケージをはがし、たれをかけ、卵、キュウリ、ハム、紅ショウガなどの具材を麺の上に乗せ、混ぜた。割り箸を使い、麺をすすった。
食後はゴミを小さくまとめ、テーブルや壁を手で確認しながらゴミ箱まで歩き、分別して捨てていた。所々スタッフの声がけはあったが、施設内のどこに何があるかを把握し、やるべきことを確実に行っていた。アスリートとしての自覚なのか、見えていないことをこちらが忘れるほどの滑らかな動きに、圧倒された。