ボクシング男子ウエルター級で東京オリンピック(五輪)代表に内定している岡澤セオン(24=鹿児島県体協)は、コロナ過でトレーニングが制限される中、五輪に続いて鹿児島国体も延期、さらに7月の集中豪雨で活動拠点のWild.b 鹿屋ボクシングジムや自宅が冠水する被害を受けました。このような難局をどのように乗り越え、日々のトレーニングに励んでいるのか、16日に行われたKAGO食スポーツ主催のオンラインイベントで、スポーツ心理学を専門とする鹿屋体大の中本浩揮准教授と対談し、その一端を明かしました。
今やれる最善のことをやるだけ
中本 代表に内定してから五輪が延期となりました。若いアスリートたちの中には、コロナ禍での活動自粛でモチベーションが維持できない選手もいます。セオン選手はどうでしたか?
岡澤 モチベーションが下がることもなく、上がったわけでもありませんでした。もし、この大会で引退するという状況だったら違うと思いますが、自分はアマチュアボクシングを世の中に広めたいという思いでやっていますし、そもそももっと強くなりたい、もっとうまくなりたいと思ってやっています。試合はその発表の場というだけです。だから、大会が延期になったことによるモチベーションへの影響はありませんでした。
中本 ジムが被災して通常通りのトレーニングができなくなった心理は
岡澤 最初はショックとかでなく、「どうしよう、掃除がやばい」という焦りが大きかった(笑)。ジムは泥だらけでグローブも水浸し。毎日掃除のことしか考えていませんでした。色々な方の支援のおかげで、今、練習はできています。
中本 ネガティブだけど、前向きにとらえている。気分の浮き沈みがない気がします。
岡澤 基本的に「寝たら忘れる」タイプです。落ち込んでジムがきれいになるなら簡単なことだけど、そうではない。ジムが汚れているなら掃除、試合で負けたなら練習といった具合に、今やれる最善のことをやるだけなので、落ち込んでいる暇はありません。
支えてくれる人たちのために頑張りたい
中本 「周りのおかげでここまで来られた」と色々なところで言っていますね。
岡澤 ボクシングは元々やる気はなかったけど、高校(日大山形)入学後、怖い先輩に誘われて入りました。中大で続けたのも、偶然が重なったからで、そういった人たちがいなかったら今、自分がボクシングをやっていたか怪しい。特に今回被災してクラウドファウンディングをやってみましたが、会ったことのない人たちも支援してくれていることが分かり、本当に多くの人に支えられていることが実感できました。「この人たちのために頑張りたい」という思いが、現実的に見える形となったので、より強く感じられるようになりました。
中本 心理学では、モチベーション源の1つに、他者との関係性を充足させたいという欲求が挙げられています。また、逆境をはねのけるレジリエンスという能力にも他者とのつながりが重要と言われています。ネガティブなイベントの後に、「何となく」から「具体的に」周りの応援を強く意識し始めたことが、モチベーション向上や競技力向上につながったとように思います。
岡澤 被災して、自分が競技をする上でどれだけのお金がかかっているのか、ということも知りました。グローブ、ランニングマシンという用具のほか、どれだけの人が自分のボクシングのために時間とお金を割いてくれているのか、意識するようになりました。
競技をやっている自分と普段の自分は別
ガーナ人の父と日本人の母を持つ岡澤は、アウトボクシングのサウスポー。試合前には、必ず思いをノートに書きつづっている。対戦相手の特徴、具体的な対策などのほか、大きな字で「絶対に勝つ」「楽しんで試合する」「1人じゃない」なども書いていた。
岡澤 ノートを書くこと自体がルーティン。書くことで、自分で自分に言い聞かせている、試合前の自分から試合中の自分に書く手紙のようなものとなっています。「セオン頼むよ」とか書いたりもします。試合中の自分は、自分でない。そこは分けています。
中本 競技をやっている自分と普段の自分は切り離している、客観的に自分を見ているということですね。イチロー選手もそうでしたが、トップアスリートは自分を客観視する力に優れている。つまり、自分はこういう選手だからと、自分の対策や分析力がある。普段、どうやって自己分析していますか?
岡澤 自分のできることと、できないことは明確にしておきたいと思っています。それが分からない時が一番困るし悩む。今、自分にできることとできないことを、とにかくはっきりさせておきたいと思って練習しています。
中本 練習ではできることをやるのか、できないことをできるようにするのか。
岡澤 もちろん、できないことをやらないと、今より強くなることはありません。だけど、調子が悪い時、気分が乗らない時にはできることしかやりません。そういう時は、自分で自分を甘やかしています。でも、そうやって一つ突出したものを磨くことも大事で、今までもそこは意識してきたし、それが世界に通用するようになってきた。試合前は苦手なことの練習は避けます。
中本 伸びる人は自分が苦手なことを苦しみながらやる、伸びない人は自分が得意なことを楽しみながらやるという報告があります。でも、セオン選手の話を聞いて、苦手を克服しつつも、自分のモチベーションを維持するように得意を伸ばすというやり方が大事だと思いました。
岡澤 自分はセンスのないボクサーで、できないことが多いというコンプレックスも大きかった。国際試合も、2019年アジア選手権(銀メダル)が初めてで、高校時代も全国大会は1回しか出ていません。だから逆に、冷静に良いところも悪いところも分かるし、変なプライドがないのも強みです。