愛ある“げき”でモチベーション向上

矢口さんがいることで、選手たちの食欲が目に見えて変わったという。「親元を離れ、お母さんの愛情からも離れて生活している。矢口さんの存在は子供たちにとって特別なのでしょう」。昨年10月下旬、矢口さんが股関節を手術した。入院中には寮生たちが100円ずつお金を集め、お見舞いに花束と寄せ書きの色紙を渡した。森田監督は「寮の食事は安心して矢口さんにお任せしている。いつまでも元気でいて欲しい」と全幅の信頼を置いている。

選手たちは矢口さんの愛情スパイスたっぷりの食事でパワーアップ
選手たちは矢口さんの愛情スパイスたっぷりの食事でパワーアップ

今年3月上旬。新型コロナウイルスが流行し始めたころだった。寮で「家に帰りたい」とこぼし、練習にも身が入らない選手が数人いた。矢口さんは選手を集めてげきを飛ばした。「あなたたち、ここに何をしに来ているの? 勉強と野球をするために寮にまで入れてもらっているんでしょう!」。

若井大陽主将(3年)は「矢口さんに怒ってもらい、選手のモチベーションが上がりました」と振り返る。緊急事態宣言の後、寮は閉鎖になったものの、それまでの約1カ月。選手たちは矢口さんの言葉を支えに毎日を過ごした。6月、練習が再開すると、選手たちは平均で7キロ増。森田監督も「打球の強さ、速球にも振り負けなくなりましたね。投げる力も強くなりました」と成長を実感している。

3年生と矢口さん。食堂は笑顔があふれ温かい雰囲気
3年生と矢口さん。食堂は笑顔があふれ温かい雰囲気

料理のおいしさに、選手たちのお母さん、矢口さんの愛情スパイスがたっぷりの寮めし。「矢口さん、来年は甲子園に連れて行きますよ!」と選手が言えば「はい、連れて行ってね。私、幸せね」と笑顔で矢口さんが答える。つくば秀英の寮の食堂は、今日も笑顔であふれている。【保坂淑子】

選手とはとことん向き合う森田監督

森田監督は、常に選手と向き合い、コミュニケーションを大切にしている。

森田健文監督
森田健文監督

忘れられない事がある。09年12月、野球部コーチのときだった。ある選手が、練習に耐えきれず、寮を抜け出し自宅へ帰ってしまった。寮に連れ戻したのは翌日、午前0時を回っていた。

「もう1度野球をやろう」。その後、寮では同じ部屋で布団を並べた。食事も毎日一緒にとり「先生、嫌いなキュウリが食べられるようになりました!」と最高の笑顔を見せた。

結局その選手は野球部を退部したが、翌年夏、県大会の応援にかけつけた。かつてのチームメートが白球を追いかける姿を見て、試合後、森田監督にかけ寄り「先生…僕、野球を続けていればよかったです」と後悔を口にしたという。

「選手とはとことん向き合いたいという思いが強くなりました」。現在も、数人の選手と野球日誌以外に交換日記を交わし、コミュニケーションは欠かさない。森田監督に矢口さん。つくば秀英は、愛情あふれる指導で選手を育てている。

◆つくば秀英 1995年(平7)創立の私立。自主・博愛・創造を建学の精神とする。野球部のOBには西武中塚駿太、ヤクルト山田大樹、阪神大山悠輔。森田監督は同校から武蔵大を経て14年監督就任。学校所在地は茨城県つくば市島名151。

(2020年7月27日付、日刊スポーツ紙面掲載)