食卓に「母親の愛情」エッセンス
親元を離れて生活する子供たちも、時には食べたいものもあるだろう。しかし、共同生活で自分の希望を口にできない。そんなとき、矢内さんが選手たちの母親代わりとなり、家庭の食卓を再現する。猛暑が続く今年の夏には「そうめんを食べたい」という選手の要望に応え「そうめん食べ放題」を行い大好評だった。机上のメニューに、矢内さんの「母親の愛情」のエッセンスを加え選手の体を支えている。
選手の意識も変わりつつある。新型コロナウイルスの影響で練習自粛。自粛明けの明秀学園日立(茨城)との練習試合で、選手たちは体の大きさとパワーの違いを目の当たりにした。「監督、体を大きくしたいです」。選手たちからの希望だった。選手たちが掲げた目標は、朝700グラム、夜1キロのご飯を食べること。1人1人、ご飯を計量し「ダメだ、少ない!」「もっと食べろ」。お互いに叱咤(しった)激励もした。
食事の異変に気付いたのは矢内さんだ。ご飯の量を優先するばかりに、おかずが食べられなくなっていた。「これじゃあダメよ。おかずを食べて栄養はきちんととりなさい」。その後、佐々木監督はすぐに栄養士を招き、選手たちは講習会を受講。たくさん食べるだけでなく、バランス良く食事を取ることの大切さを学んだ。佐々木監督は「でも、選手たちが率先してもっと食べたい、計量する意識を持ったことは大きな成果ですね」と選手の試行錯誤に成長を実感している。
黒川凱星内野手(1年)は「寮の食事はおいしい。食べやすい味付けにしてくれるので嫌いな魚も食べられた。これからもっと食べてパワーをつけたいです」。入学から約3カ月の寮生活で体の変化を実感。地元食材と、矢内さんの愛情エッセンス。学法石川の選手たちは、福島県石川町の愛に育まれ、強く成長している。【保坂淑子】
学校への期待胸に、監督もチャレンジ
8月、学法石川のグラウンド。びっしょり汗をかいた佐々木監督が「いらっしゃい」と笑顔で迎えてくれた。手作りのプレハブ小屋、外野には映画「The Greatest Showman」のエンディング曲「From now on」の文字を掲げる。
監督就任後、道を歩けば「頑張れよ」「早く甲子園に出てくれよ」と声をかけられる。野球部を取り巻く環境は、地元に支えられている。昨年、町は台風19号で多くの家屋や施設が浸水。ボランティアで片づけを手伝うと「それ、宝物だから大事に2階にあげてね」と言われた。それは学法石川が夏の甲子園で活躍したときの記事。学校への期待を感じた。 還暦を迎えての新天地でのチャレンジ。「すべて失っても真実と愛が残る。『From now on(これからはずっと)』ですよ」と佐々木監督はあらためてチームを勝利に導く気持ちを固めている。
◆佐々木順一朗(ささき・じゅんいちろう)1959年(昭34)生まれ。東北高(宮城)の2年、3年時に甲子園出場。仙台育英(宮城)の監督として19回の甲子園で、01年春、15年夏準優勝。18年11月、学法石川の監督に就任。
◆学法石川 1892年(明25)創立の私学。「行学一如」が建学の基本理念。野球部は春3度、夏9度の甲子園出場。OBに諸積兼司、川越英隆(ともにロッテコーチ)、ソフトバンク尾形崇斗。学校所在地は福島県石川郡石川町字大室502。
(2020年8月24日付、日刊スポーツ紙面掲載)