<キッチンは実験室(61):ぬか漬けの科学>
皆さん、こんにちは。キッチンの科学プロジェクト(KKP)のみせすです。気温が高くなり、発酵が進む季節となってきました。今回は発酵ブームで一躍、脚光を浴びている「ぬか漬け」に注目します。ぬか漬けが健康に良い理由は? なぜ毎日かき混ぜなくてはならないのか? そんな科学を紐解いて行きたいと思います。
「ぬか」はどんなもの?
ぬか漬けのぬかは、米ぬかのことです。私たちがよく食べる白いお米は、稲の収穫後、茶色い玄米の皮を削り取り、精米して白米になりますが、この時に出る外皮や胚の粉の部分をぬか(糠)と言います。
この米ぬかに乳酸菌を加えて発酵させたのが「ぬか床」で、季節の野菜を漬け込んだものが「ぬか漬け」。発酵によって栄養価がアップし、独特な香りや酸味も味わえる保存食となるのです。
ぬか漬けはいつからあるの?
JAS(日本農業規格分類)によると、日本には漬物が10種類あるといいます。ぬか漬け、しょうゆ漬け、かす漬け、酢漬け(がり、らっきょう)、塩漬け、みそ漬け、からし漬け、こうじ漬け、もろみ漬け、赤唐辛子漬けです。
ぬか漬けの歴史は諸説ありますが、奈良時代から平安時代に穀物や大豆のつけ床に野菜を漬け込んだ「すずほり(須須保利)漬けが元祖だと言われています。広まったのは江戸時代。玄米から精製した白米を主食とする食習慣に変わったことにより、それまで米ぬかから摂っていたビタミンB1が不足し、「脚気(かっけ)」という病気が蔓延しました(江戸わずらい)。そこで、捨ててしまった米ぬかを利用して、野菜に栄養成分を吸収させて一緒に食べたところ、「脚気がよくなった」と江戸中に広まり、ぬか漬けの価値や効能が評価されるようになったということです。
ぬかで漬物ができる科学
そんなぬか漬けはどうしてできるのか、科学的に見てみると「塩による浸透圧」と「発酵」の2つのプロセスがあります。
(1)塩による浸透圧
ぬか床には、米ぬかだけでなく塩も含まれているため、塩の持つ「浸透圧作用」で野菜の栄養素が水分とともに外に出てしんなりし、代わりに塩分と米ぬかの栄養素が野菜に入って味がつきます。「野菜と浸透圧の科学」の時に、野菜の塩もみについて詳しく触れていますが、ぬか漬けにもその作用が働いています。
(2)発酵
塩漬けや浅漬けとの違いは、ぬか床の乳酸菌や酵母菌で発酵されることによって独特の酸味や甘味、香りがつくことです。乳酸菌は塩分が強いところでも、酸素の少ないところでも生息できるため、ある研究によると、ぬか床1g中に1億個の乳酸菌が棲んでいるとも言われています。つまり、ぬか漬けは栄養豊富な発酵食品なのです。
健康に良い理由:ビタミンB1
「ぬか漬けは健康に良い」と言われますが、大きく分けて理由は2つあります。1つは、米ぬかに含まれているビタミンB1です。
ビタミンB1は代謝に使われる水溶性のビタミンで、ご飯などに含まれる糖質をエネルギーに変換する働きを持ちます。野菜をぬか漬けにすると、例えばキュウリは約5倍、カブは約8倍の量のビタミンB1を摂取することができるようになり、うま味と栄養価が大幅にアップするのです。
また米ぬかは他にも、ビタミンE(脂質酸化防止)、フィチン酸(抗酸化作用)のほか、イノシトール、γ-オリザノールなど機能性成分も含んでいます。塩分と一緒に不足しがちなミネラルを摂ることができるので、夏バテ防止にもなります。
健康に良い理由:乳酸発酵
2つめは乳酸発酵によるものです。よく、毎日「ぬか床を混ぜていたら、手がきれいになった」と聞くことでしょう。米ぬかを使った化粧品もありますね。
まず、米ぬかには米油であるビタミンEが含まれており、皮膚の粘膜に働きかけます。また米ぬかや野菜には植物性の乳酸菌がついています。それらはぬか床が発酵すると塩分の多い環境に適応して、乳酸球菌から乳酸桿菌(かんきん=ラクトバチルス)へ変化し、生きたまま腸に届く善玉菌として、腸内環境の改善など好影響をもたらすのです。それによって免疫力が上がり、アレルギー予防や整腸作用、疲労回復などの健康効果への期待も高まります。
ぬか床は乳酸菌だけでなく、30種類以上の細菌によって構成されているとのこと。ぬか漬けの味が家庭によって違うのは、細菌の種類にもよるようです。