-現役をマリナーズで締めくくるのは特別だったか
イチロー氏 もちろんです。その後もし、どこかのチームでほそぼそと50歳までやっていたとしても、それに大きな意味はない。50歳までやるという目的になってしまう。結果として、そこにたどり着いたら、よかったとはもちろん思います。でも、少しシアトルを離れて、ニューヨーク、マイアミ…。最後に、あんな楽しみを迎えられるのはちょっと。その気持ちは、もう裏切れないですよね。それで、いや、別の場所で挑戦したいんでという、それはないです。
-メディアとの関係
イチロー氏 これはね、94年だったかな。94年か95年だったんですけど、ある時に何かの記録が止まった試合後に「どんな気持ちですか」って来られたんです。いやあ、どんな気持ちって、何か失礼な聞き方だなと思ったし、まだ僕は二十歳そこそこ。いや、まあ、僕はいま、一生懸命やらなきゃいけなくて、1年間、自分が全力でやって、レギュラーになってから1年、記録に絡んで多分、94年だったと思います。初めてレギュラーになった年で、全力で1年間やってどんな記録が、どんな数字が出るか、見極めなきゃいけない年。だから、記録とか言っていられないんです。結果がどうなるかを見なきゃいけない年に「記録が止まってどうですか」って「いや、どうってことないんだけど」と言ったら当時ね、僕、新聞を見ていたんですね。自分が出ていたら、当時、うれしくなっちゃって。見ていたんですよ。「本音をオブラートに包んだまま」って表現されたんです。いやいやいや。俺、本音だし。そんなのあなたの主観で書くなと。そこで分かったのは、記事はもう決まっていて「」に僕の言葉が入るだけ。「本音をオブラートに包んで」はないだろうと。こうやってはめられていくんだなと思ったんです(笑い)だって本音なんだもん。そこから見方が変わった。見え方が変わりました。
先輩からは「メディアとはうまく付き合えよ」とよく言われたんです。うまく付き合うってどういうことか。意味が分からなかったんです、僕。それだけ言って去って行きました。じゃあ、観察してみようと。先輩を観察し始めたんです。メディアの人としゃべっているのを。そしたら、仲よさそうにやっているんですよね。「うまくやる」ってこういうことだなと。でも、僕にとって、これは「うまくやる」にはならないなと。つまり緊張感がないんです。仲良すぎるように見えました。つまり、お互いに厳しくできない関係が、これはうまい関係じゃないと思うんです。むしろ、ダメな関係だろうと。いろんな先輩にそうやって教えられたので、皆さん、そういうスタンスで来られたと思うんです。それで、後輩たちは嫌な気持ちになっている。これは、僕がメディアの人と関係を築くときは、うまい関係というのはそういうことじゃない。お互いを高められる関係。そういうスタンスでいるのが、僕は理想的だと思うんです。ただ、しんどいですよ。エネルギー使いますから。厳しいですから、僕。なんとなく答えたら、一番、楽でしょう。それではお互いが前に進めないんですよね。
だから僕の周りにいた人は大変だったと思います。ただ、こうやって現役を離れて、僕の近くで取材をしてきた記者さんたちが「イチローのところで毎日、ああやって話を聞いていたから、いまちょっと楽だよね」って、そんな感覚を持ってもらえたら本望ですよね。聞いた事ないですよ。そういう人が1人でも2人でもいたら。これね、数多くは絶対にできないです。2人とかでしょう。
(2020年11月26日、ニッカンスポーツ・コム掲載)