「スポーツ栄養学」は30年ほど前から著しく進歩し、食事の質や摂取の仕方によって、コンディションやパフォーマンスに大きな違いが生じることが明らかになった。競技種目や年齢層、性別はもちろん、練習期、試合前日、試合当日、試合後、減量中、増量中、ケガからの回復期などで、とるべき食事や栄養のタイミングはすべて異なる。「スポーツする人の栄養・食事学」ではトップアスリートだけでなく、ジュニアからシニアまで、よりよい結果を出すための栄養・食事術をQ&A形式で詳細に解説する。

<スポーツする人の栄養・食事学/第1章 からだにいい食事や栄養とはなにか(1)>

Q、「バランスのいい食事」「栄養のバランス」とよくいわれますが、その「バランス」ってなんですか? バランスはどうとったらいいのでしょうか?

A、食事や栄養のバランスがいいということは、栄養素のとり方が過剰でも不足でもなく、さらに食品・食品群、料理・献立、食事、食生活においてもそれぞれが適正であること、その結果として、健康の維持につながっている状態を指します。

食事や栄養に関する本には、「栄養のバランスが大切です」「バランスのいい食事をとりましょう」といった表現が必ず出てきます。

「バランスをとる」という言い方は、「均衡を保つ」「釣り合うようにする」という意味ですから、「なるほど、食事も栄養も偏ってはいけないのだな」「まんべんなくとらなくてはいけないのだな」というふうに理解できます。

しかし、ここにいくつか疑問が生じます。

「食事や栄養のバランスをとることがなぜ大切なのか」「バランスをとるといっても、なにとなにのバランスをとるのか」「バランスをとるためにはどういった方法があるのか」

こうした疑問に、1つずつお答えしていきましょう。

バランスをとることがなぜ大切か

私たちは、生まれてから、食物からさまざまな栄養素(nutrients)をとり続けています。そうしなければ、生命活動を維持し、健康な生活を送ることができないからです。ですから、食物によってとり入れた栄養素は、体の栄養状態に反映しているといえます。

栄養(nutrition)とは、栄養素が体内で消化・吸収・代謝されることを指しますので、それが適正に行われていれば、「栄養状態がいい」といえるわけです。

栄養状態は、

①栄養素のとり方が適正である
②栄養素のとる量が過剰な状態である
③栄養素の必要量が不足した状態である

の3つに分けられます。

このうちの②と③は、栄養が悪い状態です。②では、過栄養によって、肥満、脂質代謝異常、高血圧、高血糖、脂肪肝などを、③では、栄養失調による体重の減少(やせ)、貧血、下痢、体温や血圧の低下、脱力感、無気力といった症状、ある栄養素の不足にともなう欠乏症などを招きやすくなります。なかには、ある栄養素は適正だがある栄養素は過剰または不足しているという状態もあります。

①のように、栄養素のとり方が適正ということは、さまざまな栄養素のバランスがとれて栄養状態は良好であり、その結果が健康の維持につながっているということです。

バランスをとるのは栄養素だけではない

ところが、栄養素を適正に摂取すれば、すぐに栄養状態が良好になり、健康を維持できるようになる、というわけではありません。栄養素に限らず、食品・食品群、料理・献立、食事、食生活それぞれの流れにおいてもきちんとバランスをとることで、最終的に良好な栄養状態にいたることができるのです。

順を追って説明しましょう。

栄養素

生命活動に必要な栄養素は約50種類あるといわれ、そのうちの糖質、脂質、たんぱく質は三大栄養素、ビタミン、ミネラルは微量栄養素といわれます。各栄養素には、それぞれ特有の生理作用があり、生体にもたらす働きによって3つに分けられます。

1つ目は、体を動かすときのエネルギー源となるもので、自動車にたとえればガソリン、2つ目は、筋肉や骨格、内臓諸器官などの構成成分となるもので、自動車にたとえればボディー、3つ目は生体内での化学反応を調整するもので、自動車にたとえればエンジンオイルということができます。

食品にはなんらかの栄養素が含まれていますが、生命維持に欠かせない栄養素をすべて含んだ完全な食品は存在しません。したがって、過不足なく、つまりはさまざまな栄養素をバランスよく摂取するためには、栄養素の特徴をよく理解したうえで、食品を上手に組み合わせて摂取することが求められます。

どの栄養素をどれくらい摂取したらいいのかは、厚生労働省の『日本人の食事摂取基準』を参照すれば分かります(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/eiyou/syokuji_kijyun.html)。

食品・食品群

栄養素は、食品に含まれているものを口にするかたちで体内に入ります。体が必要とするすべての栄養素を過不足なく含んだ食品が存在したらだれも苦労しませんが、実際にそのような食品などあるわけがありません。

したがって、どのような栄養素がどの食品に含まれているかを知る必要があります。含まれる栄養素の特徴別に、食品を肉類、魚介類、穀類、いも類、野菜類、豆類、乳類などのグループに分類したのが「食品群」です。ほかにも、「おもに体をつくる・おもに体の調子を整える・おもにエネルギーのもとになる」といったグループ別に分類した基礎食品群もあります。

特定の食品や食品群に偏ることなく組み合わせる方法は、栄養素をバランスよく摂取する目安となります。

料理・献立~食事

食品群から選んだ食品をいくつか選んでバランスよく組み合わせて調理をすれば、バランスのいい料理・献立ができます。さらに、その料理・献立をバランスよく組み合わせることで、一食分の食事になります。

こうした一食分の食事を1日3回、組み合わせてとるようにすれば、結果として必要な栄養素をバランスよくとることができます。

この料理・献立を分かりやすく分類したのが、主食、主菜、副菜、牛乳・乳製品、果物を加えた「食事の料理区分」です。

毎食、この5つの料理区分の料理・献立が食卓にのぼること、食品選びや調理法の重複を避けること、食べる量、補食のタイミング、食事の時間にも配慮することが1日のバランスのとれた食事につながり、それができなければ、よい栄養状態を保つことがむずかしくなります。

料理区分ごとの料理・献立の数は膨大ですので、ここにすべてを紹介するのは困難です。農林水産省の「実践食育ナビ/食事バランスガイド早分かりSV早見表」に、料理名とその主材料・重量が掲載されていますから、参考にされるといいでしょう(https://www.maff.go.jp/j/syokuiku/zissen_navi/balance/chart.html)。

食生活

日本人の食生活は、ごはんや麺類など穀類からつくられた食品を主食としているので、土台がしっかりとしています。主菜として、肉、魚や卵に加えて、低脂肪・高たんぱく質な納豆、豆腐といった大豆製品もよくとられています。副菜の野菜や海藻なども、生だけでなく、煮る・茹でるといった調理法で食卓にのぼります。牛乳・乳製品の消費量は他国に比べて低いものの、デザートとしての果物は四季折々豊富です。

最近では、肉の摂取量は若者を中心に増えていますが、平均すれば5つの料理区分による食事によって、比較的容易にバランスのとれた栄養素が摂取できます。日本人の食生活は、それだけでも恵まれた環境にあるといって差し支えないでしょう。

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